プレゼントは君。

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プレゼントは君。

幼馴染から恋人になって一年。峰岸諒一(みねぎしりょういち)と辰巳一哉(たつみかずや)は仕事の都合ですれ違いの多い日々を過ごしていた。 諒一の誕生日でもそれは変わらず、一哉が諒一のもとを訪れたのは日付も変わろうかという時間。 天然真面目な弁護士と、ツンデレ若頭の甘い一夜の物語です! 8c668942-e591-4f5a-8708-fc038c39f304  四月十五日。峰岸諒一(みねぎしりょういち)が所有するマンションのインターホンが鳴ったのは、そろそろ日付も変わろうかという時間の事だった。翌日に打ち合わせを控えている案件の資料を眺めていた諒一の顔が、一瞬にして険しさを帯びる。  モニターを見なくとも、来訪者が誰であるかは分かっていた。辰巳一哉(たつみかずや)。諒一とは同い年の恋人である。  一哉にも仕事があるのは理解している。それでも諒一は、今更こんな時間にという子供じみた思いが捨てきれなかった。けれども僅かな嬉しさが胸の裡にあるのも事実だ。  ともあれ書斎を出てすぐ隣にあるインターホンのパネルを操作すれば、小さなモニターの中には案の定一哉の姿が映し出された。 「一哉…」 『開けろよ』  短く告げられる言葉に、諒一は無言でエントランスの扉を開けた。どんな声を出したらいいのか分からない…否、気を抜けば恨めしそうな声を出してしまいそうで怖かった。  ―――忘れられてた訳じゃないんだ、いちいち気にするな。  九年間の空白を経、再会を果たしてからほぼ一年。それぞれ弁護士と極道という職業の諒一と一哉は、なかなか時間を合わせることが出来ないながらも恋人としてはまあまあ上手くやってこれているつもりだ。現に今日だって、深夜とはいえ一哉は諒一のためにこうしてマンションへとやってきてくれた。その意味を、諒一とて分からないほど子供ではない。…だが。  いくら諒一が一哉の家の顧問弁護士と言えど、辰巳の家に入り浸っている訳にはもちろんいかない。それどころか、呼び出された事など挨拶に参じたのを除けばこの一年は皆無である。諒一は他にもクライアントを抱えていたし、一哉も何かと多忙なうえにそもそもの活動時間すら合いはしない。必然、会える時間も少なく、諒一は些かならず寂しさを抱えていた。  ―――もう少し…一緒に居られる時間が欲しい…。  女々しいという自覚は諒一自身にもある。それどころかこんな事が一哉に知れれば馬鹿にされる事も、空白の時間があるとはいえ幼馴染の諒一には重々分かっていた。むしろ一哉の態度の方が、社会人としてはごく普通と言えるだろう。だからこそ諒一は我儘を言えずに心にわだかまりを抱えている。  普段はどうにかやり過ごせていた空虚さが、特別な日だからこそ今にも諒一の胸から溢れてしまいそうだった。  やがて玄関のベルが部屋に響いて、諒一はドアを開けた。ダークスーツを着崩した一哉の姿を見れば、今の今まで仕事をしていたのだろうという事が分かる。当然我儘など言えるはずもなくて、諒一は僅かに俯いたまま部屋の中へと一哉を招き入れた。 「コーヒーでいいか?」 「あー…水くれ」  脱いだ上着をソファに放り出して深く身を沈める一哉は、いつもより疲れているように見える。そんな恋人の姿に、諒一の口からは無意識に言葉が零れ落ちた。 「別に俺の誕生日だからって…無理してくれなくても良かったんだ…」  言ってしまった後で、可愛げのない台詞と恨めしそうな声を出してしまった事に気付いて諒一は後悔の念に駆られる。 「あぁ?」 「ぁ、いや…、その…一哉が疲れてそうだったから…」  慌てて言い訳をしながらグラスを置いた諒一の手は、あっという間に一哉にとらえられた。  子供の頃ならいざ知らず、今では躰付きも何もかもが違ってしまった一哉に諒一が力で敵うはずもない。軽々と腕を引かれ、諒一は一哉の胸の中へと倒れ込んだ。 「一哉…っ」 「諒一様は素直じゃねえなぁ。拗ねてるなら拗ねてるって言えよ」 「ッ別に……!」  反論しようとした諒一の言葉は、いとも容易く一哉の唇に塞がれた。抵抗する間もなく口腔へと入り込んだ舌が歯列をなぞり、粘膜を蹂躙する。息をつくのも覚束ずに胸へとしがみ付く諒一の躰を、一哉の腕が強く抱き締める。 「は…ぁっ、一…哉…」 「悪かったな、寂しい思いさせて」 「っ…お互い様なのは…分かってるけど…」  ぽそぽそと口にすれば余計に寂しさが込み上げて、諒一は鼻の奥にツンとした痛みを感じた。情けないと思いながらも、どうしても拭いきれない寂しさが込み上げる。シャツにしがみ付いたまま鼻をすする諒一の頭を、一哉の手が優しく撫でた。 「正直俺も、ここまで時間が合わねぇとは思ってなかったわ…」  はぁ…と深い溜息が聞こえてきて、一哉も同じ気持ちなのかと思えば不謹慎にも諒一は嬉しくなった。だがしかし、頤を指で持ち上げられ、上向かされた諒一の視線の先にはまったく寂しくもなさそうな一哉の顔がある。 「お前は全然平気そうじゃないか…」  もはや子供じみた感情を隠し立てする必要もなくなった諒一は、今度こそ本気で恨めしそうな声で不満を口にした。 「そうでもねぇから、諒一様には是非ともプレゼントを受け取って欲しいんですがね」 「は…?」  ソファのひじ掛けに投げ出されていた上着をごそごそと漁った一哉の手には、リボンのかかった小箱が乗っていた。 「誕生日おめでと」 「あ…ありがとう…」  開けても良いかと視線で問いかければ、小さく顎をしゃくって一哉はプレゼントを指し示した。一哉の腕に抱えられたまま、諒一はリボンを解いて包みを開ける。姿を現した真っ白な小箱の蓋を外せば、中には鍵がひとつ入っていた。 「これって…」 「お前、独立したいって言ってたし、そしたらもっと忙しくなんだろ? 事務所も借りなきゃならねぇだろうし、この部屋引き払って俺んトコ来いよ」  早口で言う一哉の顔が僅かに赤くて、諒一は思わず吹き出した。 「こういう時は素直に一緒に居ようって言うものだよ、一哉」 「うっせぇよ。お前こそ素直に喜べ馬鹿」 「うん…ありがとう一哉。凄く嬉しい」  小さな鍵をぎゅっと握り締め、諒一は一哉の首へと抱きついた。二十七にもなった男が…と、そう思わなくもないが、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。  首筋に、耳元に、頬にと口付けを落としながら甘えていれば、諒一は急な浮遊感に見舞われた。 「ぅわ…ッ」  慌てて一哉にしがみ付きながら、抱き上げられたのだと自覚した諒一の耳に揶揄うような声音が流れ込んでくる。 「そんだけ煽っといて、寝不足になる覚悟くらいは出来てんだろぅな? 諒一様よ」 「べっ、別に煽ったわけじゃ…」  言い訳も空しく、勝手知ったる一哉は諒一を抱えたまま寝室へと直行した。  大きな寝台の上。躊躇いもなく服を脱いだ一哉の上へと諒一は堪らず覆いかぶさるように乗り上がった。しっかりと筋肉のついた躰を余すとこなく掌で確かめる。 「一哉、俺も脱がせて?」 「仰せのままに」  口付け、肌を辿り、髪を撫でながら諒一は一哉の手で生まれたままの姿へと変えられていく。やがて一糸纏わぬ姿で身を寄せ合えば、直に触れあった肌から互いの熱を感じて心まで温かくなった。 「んっ…、一哉…大好き」 「俺もだ、諒一」  低く掠れた声に耳朶を擽られ、諒一は一哉の胸へと舌を這わせた。両胸にツンと小さく尖った飾りの片方を口に含めば、一哉が僅かに息を呑むのが分かる。引き締まった腹筋を撫で、その下へと手を滑らせれば触れるだけで緩く勃ちあがった雄芯がピクリと震えた。 「は…っぁ」  次第に乱れていく一哉の呼吸に上下する胸から顔をあげれば、引き締まった肢体が諒一を魅了する。ベッドサイドのテーブルの上から小さな小瓶を取り上げると、一哉の下生えへと諒一は瓶を傾けた。とろりとした透明な液体が雄芯へと触れた瞬間、一哉の腰が僅かに跳ね上がる。 「冷て…っ」 「すぐに温まるよ」  空になった小瓶を放り出して、諒一は一哉の雄芯を両手で握り込んだ。先端を舌先で擽りながら摺り上げる。 「ふ…ッ、あっ、…ぁ」 「気持ち良い?」 「っぃ、…良い…」  引き締まる腹筋のすぐ横で、一哉の拳が敷布を握り締めていた。一哉自身の雄芯から滴る体液とローションに塗れた手を、諒一は陰嚢の奥にある蕾へと滑らせる。投げ出された一哉の脚を少しだけ肘で持ち上げれば、ゆっくりと片膝が立ちあがった。自ら誘うようなその姿にこくりと諒一の喉が鳴る。  きつく閉じた蕾を抉じ開けるように指を推し進めれば、一哉の後孔はさしたる抵抗もなく諒一の指先を呑み込んだ。抵抗というよりむしろ中へ中へと誘い込むように蠕動する熱い媚肉が諒一の細い指を食む。 「あっあッ、りょう…いちっ」  上擦った一哉の嬌声に誘われるまま、諒一は雄芯と後孔を丁寧に刺激する。普段はどちらかといえば粗雑で、男らしい一哉が見せる艶やかな姿が諒一の欲情を煽りたてた。  硬く勃ちあがった雄芯の先端を銜え込み、肉傘のくびれを唇できつく食む。同時に中のコリコリとしたしこりを諒一が指先で抉るようにくじくたびに、一哉は悲鳴のような嬌声を迸らせた。 「あッ、待っ…ぞれぇ…ッ、やめ…っ」  敷布を握り締めた拳がぶるぶると震えるのを視界の端にとらえ、諒一はいったん顔をあげる。 「ここ、気持ち良いんだろ?」  中のしこりをトントンと指先で叩きながら言えば、一哉の胸が反り上がった。 「んあッ、あっ、そっ…こ、弄んな…ッ」  相変わらず素直じゃない一哉に、諒一は苦笑を漏らす。付き合いたての頃こそ、諒一は一哉を優しく気遣おうと心を砕きもした。けれど、どうにも物足りなそうな顔を一哉はするのだ。せっかくならば、自分だけでなく一哉にも満足してほしい諒一である。 「離してくれないのは一哉だよ。ほら、俺の指が抜けないくらい締め付けてる」 「違…ッ、うっ、んんッ、…抜け…って、出るッ」 「だからイキそうなくらい気持ち良いんだろう?」  何が嫌なのだと、諒一は再び一哉の雄芯をぱくりと銜え込んだ。同じ男たるもの、どこをどうすれば気持ち良いのかくらいは諒一にも分かる。それとも胸も弄って欲しいのかと、些か不安定な体勢ながらも手を伸ばして小さな突起を指先でくにりと圧し潰すように刺激すれば、口に含んだ雄芯がびくりと跳ねた。 「ひッあぁっ、りょっ、いちッ、やッあっ」  嫌だと頭を振りながらも、一哉は諒一の指先へと自ら突起を擦り付けるように胸を反らす。口腔に含んだ雄芯も、すぐにでも達してしまいそうなほど硬く反り勃っていた。  たまには素直に気持ち良いと言ってほしいと思うものの、言葉よりも雄弁に一哉の躰は反応を返す。それが、何よりも諒一には嬉しい。舌先で幾度掬い上げてもとめどなく溢れる先走りを、諒一はごくりと喉を鳴らして嚥下した。  後孔へと飲み込ませる指を二本に増やし、ぐるりと媚肉を掻きまわせば一哉が嬌声を零す。 「もっ、待っ…イク…っ、そんな…んっ、されたらッ、出る…!」 「良いよ。気持ち良くなって、一哉」 「はッあっ、あ、あ、あッ、イ、…っく、―――…ッ!」  ぎゅうぎゅうと後孔に食んだ指を締め付けながら、一哉は背を撓らせた。美しく腹筋が隆起する。  本音を言えば、今すぐにでも諒一は一哉の中に自らの雄芯を挿れたかった。だが諒一は一哉に体力で勝てる気がしない。とすれば、諒一に残された一哉を気持ち良くする術は手や口を使う事だけである。せっかく嬉しいプレゼントをくれたのだ、お返しくらいはしたいと思う。  どくどくと脈動しながら精液を吐き出す雄芯を刺激する。達するのとともにきつく指先を食んだ後孔の襞を押し広げた。 「ひ…ッ、あ、待っ…まだイって…!」  一哉の指が、きつく髪を掴む。だがそれよりも何よりも、諒一は一哉に満足してほしかった。 「はぁッ!? あぁああ…ッ! あッひっ、や…っ、りょぉいちッ」  本当に嫌ならば、一哉は力ずくでも諒一を退けるような性格をしている。なのにそれをしないのは、やっぱり物足りないに違いないのだ。優しいから足りないと言わないだけで。  口腔から溢れそうな精液を飲み下し、諒一は喉の奥まで一哉を迎え入れる。変わらず蠕動する媚肉をかき分け、探り当てたしこりを指の腹で圧し込めば一哉の腰ががくがくと震えた。未だ僅かに体液を吐き出す鈴口を舌先でくじり、吸い上げる。 「ひぎッ、それいじょ…はっ、無理っ、待っ…あッあっ」  相変わらず強情だと諒一は内心で苦笑を漏らしながらも、素直に反応を見せる一哉が愛おしい。 「やッまだ…っ、だ…ッ、またイク…っ、ッ―――…ぐッ!」  再び口腔を満たす苦い体液を躊躇いもなく嚥下して、ようやく諒一は顔をあげた。満足げに吐息を漏らし、一哉の髪を撫でようとすれば低く掠れた声が耳に流れ込む。 「テメェ…調子に乗んのもいい加減にしろよコノヤロウ…」 「そんなにひとりでイクのが嫌だったのか? ちゃんと俺も気持ち良かったから安心していいぞ、一哉」 「……そうじゃねぇよ」 「寝不足を心配しているなら大丈夫だ。明日の打ち合わせは一件だけだし、資料もお前が来る前にきちんと目を通してある」  安心しろと微笑みながら、諒一はさっさと手を拭うと一哉の髪を撫でた。汗で額に張り付いた前髪を指先で梳きあげる。額に口付けを落としながら、諒一は後孔へと自らの雄芯をあてがった。 「一哉…挿れるよ?」 「っ……好きにしろ、この馬鹿」  照れてでもいるのかふいと顔を背けてしまう一哉には些か寂しさを感じなくもないが、諒一の方も溜まり溜まった欲求がそろそろ限界である。  一哉の返事を聞くよりも先に、諒一は腰を進めた。ぐぷりと卑猥な水音が生々しく耳を刺激する。 「は…ぁ、気持ち良いよ…一哉」 「ふ…っぅ、…ぁッ」  一哉が僅かに喉元を仰け反らせる。堪えるように寄せられた眉根が途方もなく色っぽかった。  すでに二度も達しているというのに、硬く反り勃った一哉の屹立を諒一はゆるりと撫でる。ただそれだけの刺激で雄芯を食んだ一哉の後孔はきゅっと収縮した。 「ひあッ、あっ、さ…っわんな…!」  頭を振る一哉の髪が、敷布をぱさぱさと叩く。 「たまには素直に気持ち良いって言ってくれてもいいんじゃないか? こんなに俺のこと締め付けておいて…」  求めるようにうねる後孔の襞を自覚させるように、諒一はゆっくりと腰を引いてみせた。いつも反応を示すしこりを張り出した肉傘で摺り上げれば、一哉の屹立からはこぷりと色の薄い精液が溢れて諒一の指を濡らす。 「はく…っ、あッ、あ、あ…っ」 「こんなに感じてるのに強情なんだからお前は…。強情も過ぎると可愛くないぞ?」 「違っ、あッあぁっ、ん、は…ッ」  いつにも増して艶やかな声をあげる一哉に、諒一は嬉しくなる。嫌だと口では言いながら、しっかりと指を濡らした欲望のしるしを諒一はぺろりと舐め上げた。 「たくさん気持ち良くなって? 一哉」  浅い部分を擦るだけでは足りなくて、諒一は欲望の赴くままに最奥まで雄芯を突き入れた。先端に当たる壁をこつこつと押しあげるたびに一哉の媚肉は欲しがるように雄芯を食んだ。 「あっあ、りょぅ…いち…、もっ、おかしくなっ…ぁく、あッ、ナカ…変になるッ」  吐き出すものがなくなってもなお後孔で達する一哉を諒一は愛しげに抱き締める。しがみ付くように背中へと腕を回し、がくがくと震える一哉の耳元に囁いた。 「俺も、出していい? 一哉の中…欲しがるように締め付けてすごく気持ち良い」 「はっ…やく、出し…て、……もぅ…っぁ、あぁっ」  皮膚に食い込むほど爪を立てる一哉に小さく苦笑を漏らし、諒一は温かな粘膜の中へと白濁を吐き出した。同時にくたりと一哉の躰から力が抜け落ちるのが分かる。四肢を投げ出して胸を喘がせる一哉へと口付けを落とし、ゆっくりと雄芯を引き抜いた。 「っぅ、ぁ…」  よほど敏感になっているのか微かな喘ぎを漏らす一哉の頬を諒一はそっと撫でた。少しでも、一哉が満足してくれていればいいと、そう思いながら。   ◇ その後の話 ◇  明朝。頗る元気に目を覚ました諒一は、一哉をひとり寝台に残していく事に後ろ髪を引かれながらも仕事へと出かけた。  予定していた打ち合わせを早々と終わらせ、さすがにもう一哉もいないだろうと思いながらもダメ元でマンションへと戻った諒一である。走ったせいか暑くなって、上着を脱ぎながらリビングへと入れば幸運にもそこに一哉の姿を見つけて諒一の表情はパッと綻んだ。 「一哉…!」 「ッ、諒一…テメェ…」 「待っててくれたのか!?」  一哉の低い声など聞こえてもいないのか、諒一は飛びつくように恋人へと抱きついた。次の瞬間。ゴツリと頗る鈍い音をたてて一哉の拳が諒一の頭を直撃したことは言うまでもない。 「イっ……た!!」  今までに経験したこともないような痛みに頭を押さえ、床へと蹲った諒一が涙目で見上げた先には仁王立ちで見下ろす一哉の姿があった。 「ざまぁみろ」 「なっ!? 謂れもなく人を殴っておいてその言い草はないだろう!!」  傷害罪だと喚き散らす諒一に、だが一哉は怯みもしなかった。 「謂れもねぇだと? 元はと言やぁお前が調子に乗って人のこといたぶってっから悪ぃんだろぅが」 「いたぶる!? 何の事だ」 「ざけんな阿呆。昨日の今日で忘れたとは言わせねぇぞ」 「忘れるも何も俺はお前をいたぶった覚えなどない!」  ようやく立ち上がり、一哉の前に立った諒一はだが未だ目元に涙を浮かべていた。一哉の気性が荒く、言葉よりも先に手が出るタイプだという事は昔から付き合いのある諒一には分かっていたことだが、まさか自分が殴られる事になろうとは露ほども思っていなかったのである。  だがしかし、一哉よりもはるかに冷静な諒一はふと昨晩の事を思い出した。思案するように僅かに俯き、床へと視線を落とす。 「思い出したかよ、この馬鹿が」 「……まさか…」 「あぁ?」 「もしかしてお前…、本気で嫌がってたのか…?」 「ったりめーだろぅが! 何度やめろっつったと思ってやがるッ」 「やめろと言われたのは最初の一回しかなかったと思うが…」  至極あっさりと言い返した諒一は、職業柄記憶力には自信がある。 「だいたいそれを言うなら普段から素直じゃないお前が悪いだろう。俺はてっきりお前は意地を張って嫌がる振りをしてるのかと…」 「はぁ!?」 「というか、それ以前にお前、あれだけ喘いでおいて嫌だと言われても…」 「ッ…ぶっ殺す」 「脅迫は犯罪だぞ」  はぁ…と、溜息を吐いて諒一は痛む頭をさすさすと擦った。とんだとばっちりを受けたものだと思う。  ともあれソファへと腰を下ろした諒一は、幾分か表情を和らげて座面を叩いた。 「一哉、怒らせたなら謝るからここに座って?」 「おう、謝れ」 「ごめんなさい。もう嫌がる事はしないから」  諒一がそう口にすれば、荒々しいながらもようやく一哉は腰を下ろした。子供じみた態度に笑いを押し殺しつつ、諒一は一哉の肩へと額を寄せる。 「ごめん、一哉」 「っ…殴ったのは…俺も悪かった」 「うん。ものすごく痛かった…」 「……だから謝ってんだろ」  拗ねたようにそっぽを向く一哉に笑いを零し、諒一は頬へと口付けた。  ―――我ながら、とんでもない勘違いをしたものだな…。  そう思う反面、昨夜の一哉を思い出せばやはりあの態度は勘違いをしても仕方がないだろうとも思ってしまう諒一だ。  ―――まぁ、一発殴れば気が済むんだし、痛いのは我慢するか。  弁護士が泣き寝入りなど笑い話にもなりはしないが、相手が一哉なのだから仕方がない。 「それにしても、一哉にいたぶられたなんて言われるとは思わなかったな」 「うっせぇよ。それ以上言ったら今すぐ帰っからな」 「嘘。帰らないで一哉。もっと一緒に居たい」  諒一の細い指が一哉の袖を掴む。諒一にとって、一哉との時間は何物にも代えがたい貴重な時間だ。  テーブルの上に置かれたキーケースには、一哉がプレゼントしてくれたそんな時間がしっかりと仕舞われていた。 END
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