老婆のはなし

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 もし、貴方様は、本島から来なすったお人かしら?ああ、お引止めして、申し訳ございません。きっとそうだろうと思いまして、つい、お声を掛けてしまいましたの。へえ、左様でございますか。やはり、本島から。わざわざこんな辺境の島まで、ようこそおいで下さいました。  随分昔は、この島も「リゾート地」のようにね、賑わっていたものですが……ええ、所謂「ブーム」というやつですか、それはそれは沢山の観光客が、ここを訪れましたの。元より住まう島の者はみな、初めこそは〝よそ者〟の往来に眉をしかめておりましたが、次第に、それがいい儲けになると悟って、こぞって「ツアー」とやら「プラン」とやらを企画しましてね、あちらこちらで「ガイド」や「ホテル」を営むようになったのでございます。  ……わたくし、ですか?ああいや、お恥ずかしい話でございますが、わたくしも幾分若く、物事の理というものをまだまだ理解していなかった時分でございましたので、へえ、島の片隅で、宿屋の真似事などをしておりましたの。いえいえ、そんな、立派なものではございません。早くに両親を亡くし、その唯一の財産であった古い平屋をね―その頃わたくしが一人で住んでおりました―、少々手直し致しまして、二十畳ほどあった居間に仕切りを付けて、四つの小部屋に仕立てたのでございます。ええ、それを、お客様にお貸しして……。  布団一枚敷いてあるだけで、他の調度品はございませんで、食事の用意も粗末なもの―例えば、名もわからぬ珍魚を市場で安く分けて頂き甘辛く煮付けたものや、裏山に生えている野草を少量の飯と一緒に炊いたものなど―でございましたので、本当に、他の「ホテル」とは比べ物にならないくらい安いお代で、お泊り頂いていたのですよ。  ……まさか、そんな安っぽい宿に客など来るものか、とでも言いたそうなお顔でいらっしゃいますね?うふふ、冗談でございますよ、そんな、びっくりなさらないで。
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