第1章:棄民

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第1章:棄民

 ロングビーチ港を出て、船はメキシコ沖を一路南下して行く。バッハ・カリフォルニア半島の先端にあるサン・ルーカス岬も過ぎた。波は穏やかで北太平洋の荒波とは全く違う。温暖な気候で移民客も漸く船に慣れ甲板に出て日光浴を楽しむ様になった。  ある夜、甲板の船倉を覆っているシートに座り波間に流れる夜光虫の妖しい光を眺めていると、二、三度言葉を交わしたことのある花嫁移民の上妻あきがやってきて茂の隣りに座った。 「まあ、海の蛍みたい……」  と、夜光虫の妖しい美しさに感嘆した。彼女はブエノス近郊で花卉園を営む夫の呼び寄せでアルゼンチンに移住する途上であった。  出身は和歌山県と言ったが、訛りもなく都会的で、色白の若々しい魅力溢れる女性だった。  降るような星空の下で、甲板のシートに座り、穏やかな海上のうねりに身を任せていると、人恋しさが募り、二人は互いに自分の身の上話を打ち明け、何か急速に惹かれるものを感じた。 「君は何故南米にお嫁に行こうと思ったの?」  若くてこんなに美人だし、何も苦労をしに行くことはないじゃないかと、茂は思った。 「私は天涯孤独の身で、日本にいても南米に暮らしても同じなの、     
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