第1章:棄民

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女は出世とか名誉とか、そんなものではなくて、自分が誰かに愛され、必要とされている事を感じれば、それで満足と思うのよ」  あきは淡々と話し淡々と問いかける。 「公平な機会を与えてくれる社会への脱出? それがこの移民船を利用した国外脱出なのね?」 あきの切り返しも中々鋭い。 「外貨統制の日本では外国への門戸は堅く閉じられている。金も無くコネもない俺達貧乏人には南米移民ぐらいしか開放されていないのだ。しかも、今までは、農業移民という契約期間で縛られた農奴のようなものしかなかった」 「私の夫となる上妻も五年の契約で花卉農園に短期実習生として亞国に渡ったの……」 「憲法に基本的人権として職業の自由、移住の自由が保障されているのに日本の移民政策というより、棄民政策がこれなんだ……」 「じゃ、ブラジルで農業をなさるの?」  あきは心配そうな声を出して茂の表情を読み取ろうと顔を近づけたが、暗い甲板の光源では互いの表情も定かではない。 「農業が僕に出来る訳が無いでしょう。鍬も握った事が無いんだから、ところが天佑というか、建設省がケネディ大統領の平和部隊を真似て、日本版平和部隊を創設する構想を内閣が国策として認めたんだ」  茂は出発前、首相官邸で行われた壮行会で会った長澤亮太隊長の山伏のような風貌を思い出す。     
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