離れていても俺はあなたにキスをする

4/4
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
いのちよりふかきものなれど … きぬぎぬに別れはつきもので 美國さんは取材のため、イタリアに向かう。 私は、どくどくとしずる腰を 必死になり統率する。 ハイヤーに乗っていても 荷物に紛れさせ 彼と指をつないでいた。 好きで好きで離せない。 どうして 離れなきゃいけないのかわからない。 うっかり 男と女に別れてしまったのだ。 本当は美國千都の隅に私は生きている、 虫みたいなものに違いない。 空港でも手をつないでいた。 腕まで肩から、しっかりと絡め 指先はきっちりしがみつく。 恥も外聞も捨て去りたいくらい好きだ。 が 理性を捨てたら 人間としての尊厳は、ない。 最近、美國さんは、 手話の勉強をしていた。 瞬く間に覚えていく。 言語には多感みたい。 「並びがわかりやすくて、 実に素晴らしい」 あっという間に仲間が増えて。 まわりを囲む人々は 作家・美國千都ではなく 人間・美國千都をキラキラした目で見ていた。 「…」 男も夢中にさせるのか、このひとは…! 手話は全くわからない筈なのに 手から金粉が舞うように みんなから 美國千都が好きだ、 こいつは俺たちの仲間だ、 という声が見えた。 私は言葉をなくし 立ちすくんで つい、遠巻きにしてしまった。 涙が出るほど美しい光景だった。 空港出発直前 「キスしたい」と唐突に美國さんが言った。 「はひ?」 日本人は、チューをひとまえでは、しませんが。 し・ま・せ・ん・が 「きつね、してみなさい」 美國さんが親指・中指・薬指をくっつけ 人差し指と小指を立てた。 影絵でお馴染みの、 「きつね」 「きつねは、手話の五十音、指文字の“き”」 “き” 私が真似して“きつね”にした瞬間 ちょん、と、美國さんの、きつねが 私のきつねにキスをした。 「手話のキスだ」 「…」 「離れていても」 「美國さん…」 「離れても、俺は遥にキスをする」 アナウンスが流れ 去りゆく美國さんは 手を高々とあげ、 その手はキスをしている。 私は涙で滲むきつねにキスをする。 離れてもいつも あなたをいつもいつでも愛してる。 本物のキスより早く 本物のキスより長く 本物のキスより公共性のある 内緒の合図 二人のキス 美國さんが見えなくなり 私はきつねを私のくちびるにふれさせた。 昨日、彼が愛しげに吸った指先は、まだ熱かった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!