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隼人はアドレス帳の一番上に固定してある恋人の番号へと発信しようとして、ふとその手を止める。マンションに戻れば、夜には甲斐が帰ってくるのだ。それからでも遅くはないのではないかと思いとどまる。仕事の邪魔は、したくなかった。
結局、隼人は携帯をそのまま仕舞い込み、甲斐の帰りを待つことにしたのである。
その日甲斐が帰宅したのは、深夜を回った時間帯だった。センサーでパッと点った廊下の明かりに、隼人は腰を上げると玄関へと甲斐を出迎える。
「お帰りなさい、甲斐」
「ああ、ただいま。起きてたのか」
「はい」
鞄を受け取り、隼人は甲斐の唇へとキスをする。
「今日、啓悟から電話があったんです」
リビングへと入りながら隼人が伝えれば、甲斐は上着を脱ぎながら僅かにその眉をあげて続きを促してくる。
「三泊の予定で旅行に行かないかと言うのですが、甲斐の都合は如何ですか?」
「旅行? どこへだ」
「それが…行先は当日まで秘密という話で…とにかく予定をと…。断りましょうか」
些か困った様子で告げる隼人に、甲斐は電話を取り出すとすぐに電話をかけ始めてしまう。
「ああ、俺だ。六月一日からの一週間の予定を聞きたい」
甲斐の言葉に、相手が秘書室の誰かである事が隼人にも知れた。
やはり数泊での旅行など過ぎた我儘だったかと、隼人が内心で話した事を後悔している目の前で、だが甲斐はあっさりと告げた日程を調整してしまったのである。
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