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 帰宅した由加里は、リビングの床に鞄を放ると、ソファに身を投げた。そのまま数分間、宙を見つめだらしなく寝転んだ後、おもむろに立ち上がる。鞄の中からスマートフォンを取り出し、今度はきちんとソファに腰を据えた。キイナのSNSにアクセスする。  新しくアップされた写真を眺めていると、妙なことに気付いた。普段からキイナのあげた写真には、一枚につき五十件程ファンからコメントが寄せられているが、最新の写真だけはコメント数が四桁に届きそうになっている。  なぜこの一枚だけ、こんなに注目されているのだろう。  由加里は首を傾げた。  写真はキイナの愛犬の寝顔を撮影したものだった。隅々まで観察してみたが、注目を浴びる要素は見つけられない。平凡な日常の一コマだ。  コメント欄に目を通してみて、ようやく由加里は状況を理解した。  芸能ニュースのページを開く。  最新トピックスの五番目に『キイナの夫、不倫発覚』とあるのを見つけた。  記事によると、キイナの夫は自身が経営する歯科医院のスタッフとホテルに入って行くところを、写真週刊誌に撮られたらしい。  キイナのSNSには、彼女を励まそうとする声と、不倫した夫を批判する声とが寄せられていた。  由加里は改めて、キイナが過去にアップした写真やコメントを閲覧していく。すべてが、幸福に満ちた結婚生活の記録だった。 「どうして……」  思わず、呟きが口をついた。  どうしてキイナが――善良な妻が、夫に不倫されるなどという馬鹿を見なければならないのだろう。  キイナだって、きっと世間の妻がしているように、夫の陰毛を片付けてあげていたはずだ。  毎日、毎日。そうやって積み重なった陰毛の数は、果たして何本だったのか。    理不尽だ、と由加里は思う。結婚は、不公平だ。 「甘えてんじゃねえよ」と口走る。  妻に陰毛を片付けてもらっておきながら、自分は外で好き勝手やるなんて、まったく夫という生き物は甘えきっている。    
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