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「またあの野良犬見つけたんだけど」
帰宅直後、ただいまを言うより先に、夫は不満を口にした。
「保健所に連絡したのに、まだ捕まえられてないみたいだ」
「へえ」
由加里は気のない返事をして、鍋を温め直す。キイナのニュースが、まだ胸に引っかかっている。
「しかも今度はこの店の駐車場にいたんだよ、野良犬」
夫はキッチンに入って来てまで、話を続けた。手に下げたビニール袋の表示が由加里に見えるよう、掲げ直す。
駅を挟み、自宅とは反対方向にあるドラッグストアのロゴが、由加里の目の前で揺れた。
「え、遼輔ここに寄って来たの?」
由加里は眉を寄せた。
ドラッグストアなら、自宅近くにもある。
「ああ。今日、この店でコンタクトの洗浄液が割引になってるって聞いてさ、まとめ買いしたかったんだ」
「でも、駅から結構距離あったでしょう?」仕事帰りにそのまま寄らず、一度帰宅してから改めて自転車で出たほうが、面倒でも時間短縮になったのではないか。
「そう、だからあの野良犬を見つけて、驚いたんだよ。犬ってこんなに行動範囲広いもんなのかね。そういえば、前にも川沿いにいるところを見たことあるし、本当あちこちに出没してるんだな、あの犬」
夫はなぜか悔しそうだ。
野良犬がいまだ捕らえられることなく、自由に移動していることが許せないのだろう。夫の中で、目下一番の懸念は、その野良犬のようだった。
「そんな神経質にならなくても、すぐ捕まえてもらえるよ。保健所に言ったんでしょ?」
「そうだけど、」
「今日、カレーだよ」
「チキン?」
「シーフード」
「手、洗ってくるわ」カレー好きの夫は、踵を返した。
洗面所へと向かいかけ、夫が由加里を振り返る。「なあ、これ仕舞っておくとこある?」ドラッグストアのビニール袋を、また揺らしてみせる。
「洗面台の下、まだスペースあると思う」
「わかった」
少しして、洗面所から夫の呼ぶ声が聞こえた。
「なーにー?」ガスの火を止め、由加里は夫の元へ向かう。
洗面所では、夫が腕組みをして立っていた。探るように由加里を見た後、無言のまま洗面台下をしゃくる。
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