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ドライブ中、夫はしきりに助手席の妻を気遣い続けた。
「疲れたら背もたれ倒して、寝ちゃっていいから」
「道の駅周辺で、美味しそうなお店調べてみたよ。由加里は何食べたい?」
「喉乾いてない? 次にコンビニ見つけたら、寄ろうか? あ、トイレは大丈夫?」
日頃、横柄な夫に慣れている由加里は、いまいち落ち着かない。背中の辺りがむずむずする。「何かあったらちゃんと言うから、わたしのことは気にしなくていいよ。遼輔は運転に集中して」
「そうか」
一旦は納得したものの、夫はすぐにまた、
「あ、ごめん。ずっとラジオのままだったね。音楽にする? 由加里は何聴きたい?」
と口を開いた。
由加里はふて寝を決め込むことにした。
肩を揺り動かされ、由加里は目を覚ます。
夫が目的地に着いたことを告げる。
「屋台も出てるんだなあ。そういえばこういう場所に来るの、何年ぶりだろう。ずっと遠出なんかしてなかったし」
運転中のびくびくした様子から一転、車を降りた夫は朗らかな調子で言った。青空の下ではためく屋台の旗や、食べ物の匂いに、行楽気分を刺激されたようだ。のんびりと、広場を散策し始める。
屋台を冷かしてから、由加里と夫は本館に入った。
ずらりと並んだ農産物と、それらを使った総菜やジャムなどの棚を物色して歩く。フロアにいるのは、自分たちのように遠方から来たらしいカップルや家族連れ、地元の人らしき年配の夫婦やお年寄り、休憩がてら寄ったと思われる男性ドライバーなど、様々だ。
入り口から、幼いはしゃぎ声が上がり、由加里は目をやった。小学校低学年ほどの兄弟が競うようにカートを押し、フロアに入って来るところだった。その後ろで兄弟の両親が、
「静かにしなさい。ほら、そんなことしてたら、他のお客さんの迷惑になるでしょ!」
と声をかけているが、やんちゃな子供たちの耳にはまるで届いていない。
果物を選ぶ由加里のすぐ横を、兄弟の押すカートが荒々しく通り抜けていく。兄弟が突き進む先には、杖をついた老女がひとりぽつんと立っていた。
兄弟の母親が、
「危ないっ、止まりなさい!」
と金切り声を上げる。
兄弟がスピードの出過ぎたカートを制御出来なくなっているのは、傍目にも明らかだった。
フロアにいた誰もが、次に起こるであろう事態を予測し、身をすくめた。そのとき、由加里は夫の動く気配を感じた。
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