17/19
前へ
/19ページ
次へ
 ドライブ中、夫はしきりに助手席の妻を気遣い続けた。 「疲れたら背もたれ倒して、寝ちゃっていいから」 「道の駅周辺で、美味しそうなお店調べてみたよ。由加里は何食べたい?」 「喉乾いてない? 次にコンビニ見つけたら、寄ろうか? あ、トイレは大丈夫?」  日頃、横柄な夫に慣れている由加里は、いまいち落ち着かない。背中の辺りがむずむずする。「何かあったらちゃんと言うから、わたしのことは気にしなくていいよ。遼輔は運転に集中して」 「そうか」  一旦は納得したものの、夫はすぐにまた、 「あ、ごめん。ずっとラジオのままだったね。音楽にする? 由加里は何聴きたい?」  と口を開いた。  由加里はふて寝を決め込むことにした。  肩を揺り動かされ、由加里は目を覚ます。  夫が目的地に着いたことを告げる。 「屋台も出てるんだなあ。そういえばこういう場所に来るの、何年ぶりだろう。ずっと遠出なんかしてなかったし」  運転中のびくびくした様子から一転、車を降りた夫は朗らかな調子で言った。青空の下ではためく屋台の旗や、食べ物の匂いに、行楽気分を刺激されたようだ。のんびりと、広場を散策し始める。  屋台を冷かしてから、由加里と夫は本館に入った。  ずらりと並んだ農産物と、それらを使った総菜やジャムなどの棚を物色して歩く。フロアにいるのは、自分たちのように遠方から来たらしいカップルや家族連れ、地元の人らしき年配の夫婦やお年寄り、休憩がてら寄ったと思われる男性ドライバーなど、様々だ。  入り口から、幼いはしゃぎ声が上がり、由加里は目をやった。小学校低学年ほどの兄弟が競うようにカートを押し、フロアに入って来るところだった。その後ろで兄弟の両親が、 「静かにしなさい。ほら、そんなことしてたら、他のお客さんの迷惑になるでしょ!」  と声をかけているが、やんちゃな子供たちの耳にはまるで届いていない。  果物を選ぶ由加里のすぐ横を、兄弟の押すカートが荒々しく通り抜けていく。兄弟が突き進む先には、杖をついた老女がひとりぽつんと立っていた。  兄弟の母親が、 「危ないっ、止まりなさい!」  と金切り声を上げる。    兄弟がスピードの出過ぎたカートを制御出来なくなっているのは、傍目にも明らかだった。  フロアにいた誰もが、次に起こるであろう事態を予測し、身をすくめた。そのとき、由加里は夫の動く気配を感じた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加