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耳かきについている白い綿は、なんて名前だったろうか。
浴室の床を磨きながら、由加里は考える。
以前に誰かから聞いたはずだが、思い出せない。記憶を辿りながら、休まず床を磨き続ける。午前の柔らかな光が、浴室を満たしている。
まあいいや、と由加里は思う。この際、綿の名前など重要でない。一度肩の力を抜いてから、空想を巡らす。
とにかくその耳かきについている白い綿に似たものを、室内で制服姿の連中が操っているのだ。
刑事ドラマでよく見かけるシーン。
事件現場で、鑑識による指紋採取が行われている。
もしもあのようなことが、この家で行われたら……と、由加里は考える。鑑識結果に、家の主である夫の痕跡が上がらないことを、捜査員たちは不審に思うのだ。
現在、この家の中から夫の髪や指紋を見つけるのは、不可能だろう。
それほど由加里には、自分の掃除の腕に自信がある。
毎朝、出勤する夫を見送った直後から、由加里の掃除は始まる。
棚の上、扉、照明のスイッチ、壁に至るまで、とにかく目についたところはすべて拭き上げ、家中に掃除機をかける。その後で、水回りを念入りに磨く。仕上げに床を除菌シートで拭く。
すべての工程を終えるのが、午後の一時過ぎ。由加里はようやく平穏を得る。そこから夫が帰宅するまでの八時間が、由加里にとって最も安全な時間だ。夫の抜け毛を、視界に入れないでいられる。
初めて夫の裸を見たとき、由加里は言葉を失った。
夫は、とても毛深かった。
喉ぼとけから臍にかけて、濃く太い毛が密集して生えている。陰毛は強く縮れ、異様に長く、完全に性器を覆い隠すほどだった。夫の背中には縦に連なった毛が生えており、その様相はまるでたてがみだ。臀部もまたはっきりとした毛で覆われ、腕と脚の毛も例外なく濃い。遠目から見た夫の裸は、きっと黒の全身タイツでも着ているように映ることだろう。
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