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 夫の発言に、由加里は苛立った。  じゃああんた自身は、他人をとやかく言えるほどの容姿をしているのか? していないだろう!  ふと夫の前の皿に目をやると、サラダや鯖にはまったく手をつけていない。ウインナーと卵焼きにばかり箸を伸ばしながら、夫は片膝を揺らし続けている。  せっかく掃除したのに、貧乏ゆすりなんかしたらまた床に毛が落ちるじゃないか。  ハーフパンツから伸びた夫の脚を一瞥し、由加里は鬱屈とした気分になった。  夫と暮らすようになってから学習したこと、二つ目。  体毛が生え変わる周期は、とても速い。  結婚して間もなく、由加里はおかしなことに気付いた。家の中で頻繁に、短くうねった毛を見つけるのだ。  掃除機をかけても、毛はまたすぐに見つかる。日々、家中の至るところにその毛は散らばっている。  長さから判断して、自分や夫の頭髪ではない。陰毛でもない。  では一体誰の、どこの毛なのか。どうしてこうも毎日毎日大量に落ちているのか。  駅の階段を夫の後に続いて上っているとき、由加里はその答えを知った。  階段を踏みしめたときの衝撃に合わせ、夫のふくらはぎから、はらはらと毛が抜け落ちていく。由加里は周りに人がいないことを確かめてその場にしゃがみ込みと、落ちたばかりの夫の毛を観察した。それはまさしく、家の中で見つける毛とそっくりの形状をしていた。  あの大量の毛は、夫のすね毛が抜けたものだったのだ。  その瞬間を見るまでの由加里は、腕や脚の毛は、一度生えたら生えたままだと思いこんでいた。  すね毛も頭髪のように、生え変わるのか。  そして今さらながら、気付いた。  夫は体毛が多いのだから、必然的に抜け毛のほうも多くなるはずだ。  意識した途端、家の中でやたらと夫の抜け毛が目につくようになった。  どうしてあのとき自分は、駅の階段にしゃがみ込んでまで、夫の抜け毛を確認してしまったのだろう。  後になって、由加里はひどく後悔した。  夫の抜け毛が多いことに気付かなければ、現在こんなに悩まされることもなかったかもしれない。何も知らず、心穏やかに過ごせていたのかもしれない。  由加里は、夫の抜け毛が怖い。気味が悪い。  夫が席を立った隙に確認してみると、やはり床にはすね毛が落ちていて、由加里は深いため息をついた。  
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