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 慌ててテレビを点け、リモコンを操作する。画面に、新型掃除機の性能に感心た様子のキイナが映る。  番組の司会者が、キイナに話を振った。 「キイナさんはご結婚されてるんですよね? 家のお掃除は、キイナさんが? 御主人もお掃除されますか?」 「それがですねえ……」  キイナは意味深な顔で前置きしてから、 「彼、すっごいきれい好きなんですよお。だからわたしより彼のほうが断然掃除してますねえ。お陰でわたしはだいぶ楽させてもらってます」  と大っぴらにのろけた。  由加里が夫と籍を入れた半月後に、キイナは長年交際していたという歯科医師との結婚を発表した。  同時期に結婚生活をスタートさせたのに、この差はなんだろう。  由加里はぎゅっと奥歯を噛む。  キイナは夫に対して何の不満もなさそうな顔で、司会者に語っている。 「彼、凝り性だから掃除の道具とかにもこだわりがあるみたいで……」」 「そういう人にこそ、この掃除機を試してもらいたいですね。お掃除好きなキイナさんの御主人も、きっと満足いただけると思いますよ」 「わあ、帰ったら早速彼にこの掃除機のこと教えちゃいます」  こんなに美しく、健全そうな人でも――。  画面の中のキイナを見つめながら、由加里はぼんやり考える。  一点の曇りもない笑顔。年齢は、由加里と同じ二十代の後半。にもかかわらず、アップで映るキイナの肌は、とてもきめが細かい。以前のキイナはどこか尖った雰囲気を漂わせていたが、結婚後は別人のように穏やかな表情を見せるようになった。  こんなに満ち足りた様子の人でも、自宅に帰れば床に落ちた夫の陰毛を見つけて陰鬱とした気分になっていたりするのだろうか。夫が浸かった後の湯船に浮いた陰毛を、しかめ面で摘まみ捨てたりしているのだろうか。  テーブルに置いておいたスマートフォンが震える音で、由加里は我に返った。いつの間にかキイナの出演コーナーは終了していたようで、画面の中では今夜放送予定のドラマ出演者たちが、見所について語っている。  テレビの電源を落とし、スマートフォンを手に取った。時間的に、夫からの着信だろうと予想した。夕飯を外で食べて帰るときには、必ず連絡を寄こす。 「あ、千絵だ……」  表示された着信者は、学生時代からの友人だった。
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