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「は、ちょっと待って、決めつけないでよ。気付いてたよそれくらい」 「じゃあなんで今、危ないもんねなんて言ったんだよ。そんな当たり前のこと、わざわざ口に出すことないだろ」 「それはただ、特に意味もない相槌じゃん。聞き流してよ」 「いや、違う。お前は絶対気付いてなかった。お前抜けてるからな。そもそも俺に言われるまで、近所を野良犬がうろついているのに気付いてない時点でおかしい。いつもぼけっとしてるから色々見落とすんだよ」 「抜けてないし。ぼけっともしてないし。遼輔こそ、何で今日そんなに突っかかるの? ちょっと外で嫌なことがあったくらいで、いちいちわたしに当たらないでよ!」  由加里は大きく鼻から息を出した。  夫の言うようには、自分は色々見落としていない。見落とせないから、余計に苦しい。  夫は呆れたように、かぶりを振った。これ以上は話していたくないという意思表示。実際に、口にも出した。「もういいよ」  対して由加里は、食い下がる。「何、もういいって。話終わってないじゃん」 「うん、なんか疲れた。俺、風呂入って来るわ」  そう言い残して、夫は浴室に消えた。  言い争っていたリビングに、由加里はひとり捨て置かれた格好となる。  行き場を失った怒りが、体の奥底で熱を持ち続けている。  夫はずるい。  こんな切り上げ方されたら、まるでこちらだけが悪いみたいじゃないか。  夫は自分勝手だ。  顔を合わせてから、先に話題を振ったのは自分だった。自分はまだ、先を続けるつもりだった。  妻の話を聞き流してまで、野良犬の件は夫にとって重要だったのか。緊急を要するなら、妻に相談などしている場合ではないはずだ。夫の独断で、さっさと保健所へでもどこへでも、通報すればいいのだ。 「面倒臭い野郎だな」  声に出して言うと、少し冷静になれる気がした。  さも自分は常識人だみたいな顔をしておいて、毎日のように便座の上に陰毛を落としておくくせに。それを妻に片付けてもらっているくせに。 「いい大人なんだから、自分の抜け毛の始末くらい自分で出来るようになれよ」
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