大鏡

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 舞台は四方のいずれからも見えるように造られていた。ぐるりに緋毛氈と畳席が用意され、葉名たちは一番遠くの席で待機している。数十名からなる麗とした舞子や歌い手たちは、壮絶な雰囲気の集団となっている。その中に混じる陽菜は、横のむらきと一緒に竪琴の指さばきを確認している最中だった。アオジはそれを遠目に見て、声をかけないでおこうと決めた。集中しているのを乱したくはない。ふと視線を外し、見渡す葉名のいくらかに不安そうな表情をみとめた。そわそわと何かを待っているようで、視線をさまよわせている。 「アオジ」  先に席についていた輝夜が声をかけてきた。 「輝夜さま。なにかあったのですか?」 「わからない。今、母様の葉名が確認しにいってるの」  もうすぐ宴がはじまる時間なのに、客席には他家の姿がまったくなかった。集まっているのは春の者ばかりで、他三方に設けられた席はすべて空席だ。 「もうお父様も来ているし、他家の方々もそろそろいらっしゃるとは思うけど」  輝夜の視線を追えば、すこし離れた席で月水と宵待が並び渋い顔だ。 「他家の方はもう到着されているのですよね?」 「ええ。そのときには挨拶もしたし、べつに普通だったのに」  夏・秋・冬の代表たちは、すこし離れた客家にそれぞれ宿泊している。春から一番遠い領地の冬の代表団が、ちょうど一週間前に着いていた。ついで秋・夏と順に到着している。その間、揉め事があったとは聞かない。改めて考えれば不自然なほどに、月水とその一族は穏やかに客人を迎え入れている。我が子を殺した家の者をこうもあっさりと赦し、受け入れられるものだろうか。アオジには不思議だったが、やはり何事かが裏ではあったのかもしれない。魂鎮祭で月水が星輝の暗殺の件を口にするまではと、春の者たちはみな今日まで耐えてきてもいた。しかしこのままではまずいだろう。周囲を窺うと、春の面々の中には不快や怒りに顔を歪ませている者もいる。 「すこし、様子を見にいってまいります」  輝夜は逡巡したあと頷いた。 「お願い。なにかあれば戻ってきてちょうだい。私も行くから」  アオジは急ぎ一番近くにある客家へ向かった。東側の坂を下りてすぐのところに、冬の代表団が宿泊する客家がある。玄関前へ立つと、戸は閉まっていたが中には明かりが灯されていた。戸を数回叩くと、小さなのぞき窓だけが開いた。 「なんだ」答えたのは少女だった。黒目がちの大きな瞳だけが、吟味するように鋭くアオジを見る。 「春の者です。もうすぐ魂鎮祭が始まる刻限ですが、冬のみなさまはいつお越しに──」 「春の者?」  少女は目を細め、しばらくして険しい声になった。 「お前は、春の者なのか?」 「はい。だからこうしてお迎えにあがりました」 「本当にお前は春の地で産まれたか」  アオジはとっさに言葉につまった。 「え……いえ」 「だろうな。お前は春の者ではない。葉名は作ったのか?」 「なぜ、そのようなことを?」 「答えよ」  どうしてそんな分かりきったことを詰問されなければいけないのか。春の家に住む者ならみな、当然ながら葉名を一体は作っている。しばらくの睨みあいの末に、仕方なくアオジは頷く。すると相手は「そうか」と嫌そうに目をふせた。 「話すことはない。我らは今宵、宴席には参加せぬ。そう伝えよ」 「えっ、ちょっと!」  覗き窓が閉まり、少女が戸の前から去る気配がした。慌てて戸を叩いても戻ってくる様子はない。 「参ったな」  いったいどういうことなのか。ここまで来て宴席をすっぽかそうとする意図が不明だ。 「アオジ様」  後ろから近づいてきたのは、月水の妻・氷の葉名のひとりだった。最近作られた者で、アオジはとっさに名を思い出せない。 「えっと、……」  長い黒髪が美しい彼女とは、一度だけ面識があったはずだ。すると彼女は、主である氷がよくやるようにふんわりと笑んだ。 「(たま)と申します」 「そうだ、珠。いやごめん、最近葉名が増えすぎて」 「構いません。それより、冬はなんと?」 「宴席には出ないって。何なんだろうね」 「そうですか……」  困ったと眉を下げる珠はどうやら、夏・秋の家にも事情を聞きとりに行ったらしい。 「ひょっとして他も?」 「ええ。秋は欠席するという答えでしたが、夏にいたっては返答すらありませんでした」 「欠席?」 「私にもどういうことやら」 「よくわからないけど、夏は行き違いかもしれない。夏の客家は遠いし、もう会場に着いた頃かも」 「だとよいのですが」 「とにかく戻ろう」  走ってきた暗い坂道をゆっくりと登っていく。土道をざりざり踏み、夜の虫の音を聞きながらため息をついた、そのときだった。  悲鳴が聞こえた。宴席のほうからだ。  横を歩いていた珠がいち早く駆け出した。生ぬるい風を受け、アオジは走っている最中にそれを見た。
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