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ー息が詰まる。
窓も時計もないこの部屋では時間の感覚が麻痺する。
やがて、紗季は大きく深呼吸して、正面にいる男に向き直った。
男の名は佐伯悠。白い肌に、目まで隠れた前髪。いかにも根が暗そうな男だった。
今回の彼の容疑は三日前に起きた婦女暴行。都内の某大学生、田内由美子さんを自分の部屋で拉致し、身体暴力や性暴力を加えた。
被害者である由美子さんの証言により、佐伯の名が浮上し、こうして、取り調べを行うことになった。
しかし、佐伯は余裕そうな顔をしていた。それもそうだ。婦女暴行や強姦などは証拠でどうこう言うような犯罪ではない。弁護士の行動次第では、釈放されるケースが多い。
そして、紗季は切り出した。
「特殊取調専任班の弓原です。早速、質問に入りますが、由美子さんを暴行したのはあなたですか?」
佐伯は、笑みを浮かべながら答えた。
「いいえ。違います」
こう来ることは、紗季も予想していた。
「では、事件の起こった夜の7時30分頃は何をしていましたか?」
「その時は、家で映画を見ていました」
佐伯はそう言った後、また笑みを浮かべた。この状況で余裕など、強いメンタルの持ち主なんだろう。しかし、紗季は被害者の由美子さんが頭に過ぎり、この男を絶対、法廷に引き摺り出そうという思いが湧いた。
紗季が佐伯に一気にたたみ掛けようとした時、無線のイヤホンマイクから、この特殊取調専任班の部長である吉中映司の声が聞こえてきた。
〈弓原くん、悪いけどここで交代だ〉
「え、ここでですか?まだ本題にも入っていないのに?」
紗季は一瞬、憤りを覚えた。
ーこれから由美子さんのために頑張ろうとしていたのに。だが、その憤りは沈めた。なぜなら誰よりも信頼している吉中のためだった。
〈それはほんとにすまない、だがこの人は最強の助っ人なんだ〉
「それは誰ですか?」
〈潮原地方検察庁の検察官。岸結成行君だ〉
「検事?」
紗季は言葉を疑った。なぜなら、検察が警察の捜査に加担するのは政治家の汚職や規模の大きい詐欺事件が多いからだ。
ーなぜ、こんな小さな部署に検察を派遣したのか。
「え、なぜ一介の検察を私たちのチームに?」
〈すまない。それも言い忘れてたな。その岸結君と言う男は催眠術を使えるらしい〉
「え、催眠術?」
紗季は耳を疑い、思わず復唱した。
ー催眠術とはどういうことだ。
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