夏の呪縛

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「お邪魔しますも言わないで、遥は」 「由紀。構わないから、そっとしておきなさい」 「でも……」 「前に来た時も、あそこがお気に入りだった。うちでは、遥は好きなようにしていいんだ」 「父さん、意外と孫バカだな」  カラカラと笑う正晴に、作り笑いを返す。  孫バカどころか。体まで差し出したのだ。この老人の身も心も、遥の好きにさせたのだ。  だが、当の遥はそんな事は忘れたらしい。  あの墓場で敏朗が言っていた通り。  敏朗が遥の中から消え夏が終われば、遥のまやかしの初恋は跡形もなく消え去ったのだろう。  その晩は、由紀が鍋の準備をしてくれた。一人では鍋など中々できないから、ずいぶんと久しぶりだ。ちゃんこ風の寄せ鍋で、魚介や肉、豪快に切った野菜や薄揚げなんかがどっさりと土鍋に詰め込まれている。  ふて腐れた顔の遥も、食欲には勝てないようだ。無言のまま、人一倍食べていた。 「父さん、由紀って料理上手だろ」 「ああ、そうだな」 「ほら、つみれ煮えてるぜ。あ、遥もほら」 「うざ……自分で取るから。箸つけたの入れんなよ」  ニコニコと鍋をつついていた正晴は、浮いて来たつみれを雅之と遥の器に取り分けた。しかし、遥は煩わしげにそれを器から取り出して、正晴の方へ放り込む。     
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