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夏の日の再会
全ての音を飲み込むような蝉時雨。
夏を謳歌する虫の声と、肌を炙る太陽の光が、生の実感を思い出させてくれた。
そうでなければ、今の自分は死人と大差ないだろう。
「父さん、大丈夫か?」
息子の正晴が、冷えたペットボトルの麦茶を差し出してくれる。しかし、それを受け取る気にはなれない。
目の前には、灰色の箱のような建物がある。その屋根に取り付けられた長い煙突からは、黒い煙が上がっていた。焦げ臭い匂いに、目の奥が痛くなる。
「浅井さんと父さん、幼馴染だもんな……」
そう呟くと息子は肩を並べてきて、そっと背中を支えてくれた。よほど、ひどい顔になっていたのだろう。
幼馴染の、浅井敏朗が死んだ。
まだ、四十七歳だった。
最後に顔を見たのは、敏朗が離婚した年の夏だ。あれから、五年になる。
棺桶の中の敏朗はひどく老け込んでいて、若い頃のはつらつとした姿は見る影も無かった。
空へと吐き出される煙から、地上へと視線を戻す。
すると、火葬場の前で、少年が一人佇んでいるのが目に飛び込んできた。まだ、十ほどの少年だ。
『おい、雅之!』
敏朗の呼ぶ声が聞こえる気がする。少年の頃の敏朗の、少し甲高い声だ。
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