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飯でも食おうや。鍋の具材一式持ってきた」
「あのなぁ、小学生じゃないんだから。アポなしで他人様の家に乗り込むのは止めにしないか?」
「そういう偉そうな物言いは、彼女ができてからにしてほしいもんだ」
たしか、この部屋にはもう食料がない。かけがえのない友がネギを背負ってやってくる札幌の夜。今の俺にはあまりに深く刺さる軽口には目をつぶり、生活感で溢れかえる1DKに深海を招き入れた。
※
鍋から上がる湯気の向こうで深海は豪快に笑っている。
「山川! たしかに西条さんはお前に対して『いつものですね』とか『寒くないですか?』とか言うのかもしれないが、そんなことはちょっと通い詰めれば結構簡単に言われるもんだ。俺だって、弁当屋のおばちゃんに『唐揚げ弁当ですね』と言われるぜ。いい加減唐揚げは飽きたんだが、もう別のものは頼みにくい空気だ」
二メートル弱の大男がコタツに入り、体を丸めて鍋をつつくのは少し大変そうだ。
深海は続ける。
「失恋? 得てもないものを失うことはできないんだぞ。お前はなにか得たのか。注文してコーヒー飲んで会計する日々にお前は一体なにを――」
「あーもう止め止め! 飯がまずくなる!」
俺は猛然と豚肉を口に入れる。
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