停滞系男子

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「よく考えてみろ。客の立場から店員を籠絡するなんて高等技術を有する者が、彼女を持たぬまま二十年もの時を浪費することがあろうか! いやない!」  深海はビールのロング缶をするすると飲み干した。こいつは未だに成長期が続いているらしい。おそらく深海の体内に存在する未知の酵素が、酒をカルシウムに変えているものと思われる。 「エベレストを眺めるだけの人間は登山家ではない。お前はもっと近くにある山に目を向けるべきだ」  深海の口調はもはや、教育者のそれだ。もしかしたら、深海が実際に言われたことなのかもし れない。  俺もロング缶を半分ほど開けて、うっすら酔いがまわってきた。 「お前はどうなんだ深海! 俺に説教をするほどの恋愛経験がお前にはあるのか!」 「俺はもう、恋はしないと決めたんだ」  一昔前のJ―POPみたいなことを言う!   ふざけているのかと思ったが、深海の目は思いの外深く沈んでいた。俺は知っている。深海が一回生の後輩に告白し、玉砕したことを。「背が高い人が好み」という彼女の発言のみを決断の根拠としていたが、背が高ければ他の条件は問わないというわけではなかったのだ。今彼女は、俺よりも背の低い男と付き合っている。 「さて、と」  深海は第二陣の具材を鍋に投入していく。 「ところで、今日ちょっとサークルでな。面白い話を聞いたんだ」 「なんだよ」     
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