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一条さんといえばサークル内でも、いや、大学全体で見てもトップクラスの美貌を備える美人だ。つやつやとして、見るからにハリとコシのあるアッシュブラウンに染められた長髪だけでも眼福を得られる。端整な輪郭、知性あふれる切れ長の目、スラリとした脚……。かわいいというよりは、はっきりと綺麗な人だ。
「最近話したのはいつだ?」
「ええと、この間の飲み会で俺の正面に座ったのが一条さんでな。まぁ、講義の話とかバイトの話を少しした」
「いい匂いするよな、あの人」
「ああ、そうだな」
一条さんとの会話は長く続かなかった。彼女のような人生に前向きで自己肯定感にあふれる人間は、飲み会においていつまでも一つの席にとどまりはしない。掘りごたつであればなおさらだ。お義理で俺との会話を無難にこなしたあとお手洗いのため席を外したあとは、そのまま自己肯定組にお呼ばれしていった。一方俺の周りには、ごく自然に深海含む脱落組こと腐敗組が形成され、荒唐無稽な猥談が繰り広げられるばかりだった。
「その一条さんになんだが、不可解な噂があってな」
「ほう」
「大学に入ってから、恋人をつくったことが一度もないらしい」
「まさか、あり得ない」
俺は断じる。
誰もが見とれる美人がフリーの状態で残っているなんて幼稚極まるご都合主義は、今の俺には通用しない。俺が魅力を感じるということは、当然他の男も魅力を感じるわけだ。その者たちとの椅子取りゲームに正当な手段で勝利する競争力も、反則ギリギリの手段で
成果を掠め取る狡猾さも、俺にはない。
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