kureno 2

4/6
前へ
/173ページ
次へ
 迂闊だった。池田は暮野が思っていた以上に危険な男かもしれない。ああいう男は、自分が傷つけられた腹いせに、弱い者を執拗にいじめるに違いない。そして、相手を自分に膝まつかせることで、腐った自尊心を取り戻そうとする……。でも、それだけじゃない。池田は八神の変化に素早く反応し、明らかに八神を今までとは違う目で見ている。それは自分と同じ。認めたくないが、あいつは自分と同じ目で八神を見ているはずだ。「掌を返したように」とはよく言ったものだ。要は自分も池田と同じ部類の人間だということだ。人を見た目で判断し、良く知ろうともしない。自分の価値観にそぐわなければ、貶し拒絶する。これでは、今まで自分が世間にされてきたことと同じではないか。ゲイというだけで蔑まれる辛さを自分は嫌というほど分かっていたはずなのに、自分も同じように、初めは八神を蔑むような目で見ていたのだから。それが今ではどうだ。目の前の男の真の魅力に、そのまんま掌を返したようにどっぷりとハマっているではないか……。 (最低だな……)  自分の情けなさに反吐が出る。でも仕方ない。これが人間なのだ。こんな人間が自分なのだ。ただ、今は少しだけこんな自分を許して欲しい。今のこの時間を少しだけでいいから楽しませて欲しい。無理をしながら自分に付き合ってワインを飲む八神が可愛すぎるから。ほんのりと体を桃色に上気させる八神が色っぽいから。自分が急速に八神に恋に落ちているという実感を味あわせて欲しいから。 「來さん? 大丈夫ですか? 急にぼんやりするから」 「ん? ああ。大丈夫だよ」  明らかに大丈夫じゃないのは八神の方だ。目はとろんと潤み、少しだけ呂律が回っていない。 「多分、僕の気のせいです。でも、この間腰に手を回された時はさすがにびっくりして、小さく悲鳴を上げちゃいましたけどね。あの人、職場のみんなから嫌われてるんです。僕と同じでコミュ障なとこあるし、相手の気持ちとか想像するの下手だからなぁ」 「……違うな」 「え?」     
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加