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「似合ってるっていうのは、ああいうのを言うんだよ」
彼もまた二人組みの背中を見つめていた。
「あれはあれ、あなたはあなた」
「可笑しなやつだな」
「どこが」
「こんなおっさんに着物着せて喜ぶ男はお前くらいだ」
「どうかな」
「そうだろう。お前くらいの年頃は特にそうじゃないのか。どうせ並んで歩くなら、あんな若くて可愛い女の子の方がいいだろう。好きに手もつなげるしな。お前も今からでも遅くないぞ。もっと年齢も近くて、可愛い女の子と居たければ」
俺は黙って彼の半ば独り言を右から左へ聞き流していた。こういうときは気が済むまでしゃべらせるに限る。
それにしても、ネットで見つけてきた着物レンタルショップの店員はさすが見る目があった。
彼の過度に白くも色黒でもない肌色に、濃紺の着物はよく映る。やや襟を抜いた着付けもいい。あまり見ていると、後ろ首にかかる髪をつかみあげて、鼻先を押し当てたい衝動にかられるから困った。
匂ったら最後だ。彼のさらりとした肌から立ち上る匂いは一種の興奮剤だ。今すぐその桜の幹に細い身体を押し付け、襟元をつかみ上げてはだけ、むしゃぶりつきたくなる。
やめろと怒られてもきっと止まらない。
やめろと泣かれたら、たまらないだろうなあ、想像しただけで背中がゾクゾクする。
やがて気が済んだのか、彼はぴたりと黙り込んだ。何も言わない俺を、不安げに見つめる。
馬鹿だね、なんて顔してんの。
俺が「うんそうだね」と頷いて回れ右して帰るとでも思ってんの?
「気が済んだ?」
「なっ」
「そうやって、いつまでも試してるといいよ」
彼は瞠目した。
「俺はあなたが欲しい。忘れたなら何度でも言ってやる。四十路近いおっさんのあなたがいいんだよ。そうやって試すようなことを言うたびに言ってやるから、いつでも、何回でも試すがいいよ」
「分かった?」と、鼻先が触れ合うほど顔を近づけて笑うと、彼はすっと視線を逸らし「馬鹿じゃないのか」とこぼした。
「俺の告白が聞きたくなったらまたいつでも言いなね」
バカヤロウと罵りながら背を向けたあなた。
振り返り際に、まばたきを繰り返し必死に何かを押しとどめていたのが見えたこと、言わないでおいてあげるね。
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