第2節「模造の矢」

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 一瞬、菖蒲さんが驚いたような表情を見せる。  なんだろう、確かに自分でもどうして矢なのか意味不明ではあるのだけど、今の菖蒲さんの反応には何か別の含みを感じる。 「その映像として浮かんだ矢を頭の中でポキリと折ると、急に外界との接点を無くしたような感覚に僕全体が覆われて、痛みを感じなくなります」 「フム、オフになるわけだね」  僕は頷く。 「逆に一度矢を折ってしまっても、頭の中で再び接ぐことも出来ます。そうすると、さっきとは逆に外界の色んなモノが僕の中に流れ込んできて、痛いです」 「オンになるということだね……」  菖蒲さんはいつものようにソファの上で両膝を抱えたまま、何かをしばらく考え込む。 「どうでもいいことかもしれないんですけど、どうして、矢なんでしょう? これ、別に僕が意識して矢のイメージをスイッチにしようとか、そういうことを考えたりした訳では全然ないんですけど。今までの僕にまったく接点の無かった『矢』が急に僕の頭の中に現れるというのが、なんだか不思議で」  不思議というか、不気味とも言える。もう一人の僕を感じていた時に感じた、僕自身の頭がおかしくなってしまったのではないかという不安を少し思い出す。 「元となる『既存』が存在しなければ、いかなる心象イメージをも生成できない」  ふいに、菖蒲さんはそんな言葉を口にする。 「物質世界においても、精神世界においても、まったくの『無』から『有』を創り出すことは不可能なんだ。何らかの『有』を創り出すには、必ずその材料となる『既存』が必要となる。物質世界においても材料となるマテリアルがなければ如何なる『存在』をも生み出せないし、精神世界においても、何らかのイメージを創り出すには、その材料となる心的なイメージが必要なんだ。だから、優希とまったく無関係の所からその心象イメージとしての矢が生み出されたということはあり得ない。優希が今、心の中に抱いている矢は、なんらかの『既存』を元に生み出された、ある種の『模造の矢』なんだよ」 「『既存の塔』と『模造の塔』の関係のようですね」  「既存」と「模造」という言葉を聞いて、昨日理子から聞いたツインタワーの呼び名の話を思い出す。  菖蒲さんが「そうだね」と相づちを打つ。
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