第2話

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. 仄かな夕日に頬を染めて、少女は言った。 「当店では、お金は頂いておりません。 その代わり、何かお客様のものを頂ければと」 わたしのもの? 急にそんなことを言われても困ってしまう。 わたしはこの年頃の娘が喜ぶようなものを、何か持っていただろうか? とっさにワンピースのポケットを探ったが、のど飴の包み紙の感触くらいしかない。 ハンドバッグを開けようと手を伸ばした時、わたしの手に、長い髪の毛が絡んでいることに気がついた。 さっき髪を直した時に抜けた、染め残しの白髪だ。 「それを、頂けませんか?」 「え? この髪の毛を?」 「はい。遺髪の習慣は、日本だけじゃなく世界中にあるものです。 その習慣に習うのはいかがでしょうか?」 なるほど。代金と言うよりは、わたしの形見が欲しいらしい。 でも── 「わかった。 でもこんな白髪じゃ恥ずかしいわ。 別の髪を抜くからちょっと待ってて」 そう言って頭に伸ばしかけた手を、少女の手が止める。 ひんやりしてるけど、とても柔らかい手だった。 「何も恥ずかしいことなんてありませんよ。 お客様が一生懸命積み上げてこられた、人生の道程じゃありませんか」 「……え?」 驚くわたしに、彼女は尚も言葉を継ぎ足した。 「嬉しいことも、悲しいことも、成功も、失敗も。全てその時その時の、お客様の精一杯の生き様。 そんなお客様の人生に、恥ずべきことなんて何もなかったんですよ」 わたしはキョトンとして少女を見つめる。 そして少しの沈黙の後、真面目くさったその真顔に、思わず吹き出してしまった。 「全く、あなたは何なの? まさかこんな若い女の子に諭されるなんて、まいっちゃうわね」 言いながら髪の毛を手渡すと、彼女はそれを両手で大事そうに包んだ。 夕暮れの静寂に、低く響く音が紛れ込んでくる。 あれは船の汽笛だろう。 そろそろわたしは、行かなくちゃいけない。 冬の布団を抜け出すように、意を決して立ち上がると、わたしは最後にもう一度少女の顔を見つめた。 この子もいつかは、海の向こうに行くのだろうか? もしもまた、あっちで会うことができたなら── 「もしまた会えたら、今度こそ聞かせてね。 あなたの積み上げてきた、道程を」 立って並ぶと、彼女はずいぶん背が小さい。 今度は見上げる側になった大きな瞳が、ほんの僅かに頷いて返した。 【第2話・完】 .
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