3人が本棚に入れています
本棚に追加
阿比留が、己の罪に対する処罰への恐れなどという、およそ人間らしい反応をを示したのはこの時が初めてだった。
「阿比留、」と可為武は、全くの歓びに弾んだ自分の声を聴いた。「そんなことをやっちゃいけない、まだ生きているものを殺すなんてそんな可哀想なこと、――そんなこと決してやっちゃいけない」
そう言って、彼は弟の顔めがけて何度も拳を振り下ろした。
ある時、阿比留は口からぺっと血を吐いた。彼はなお苦しそうに喉を抑えた。
「どれ、見せてごらん」
また歯でも抜けたのだろうと思って、可為武は彼の顔を持ち上げた。彼は阿比留が傷を作ったり血を流したりすること自体には驚かなくなっていた。彼が驚かされるのは主にその方法を知った時だったが、それを知るまではいつも薬師のように冷静だった。
彼の手に従って、阿比留もまた口を開いた。彼は恐らく兄に見つけられるまいとして、頬の方に石を含んでいた。
「矢じりだ、」
と、後で可為武からそれを受け取った弥兵衛が呟くように言った。
「これを使った人間自体は見たのか」
可為武はかぶりを振った。阿比留は横にいて、まだ頬のなかの不思議な石を取り上げられたことを拗ねて寝転んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!