お前が鳥になれ

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 彼は阿比留の姿がないことも忘れ、また阿比留のことも暫時忘れ、山の中腹にあるという草を取りに向かった。  二日掛かって彼は戻って来た。途中大雨に降られ、ぬかるんだ道で足を挫き、下山することをあきらめ、闇夜に鳴き交わす山犬の吠え声を聴いた時は、彼自身の命が危ないとも感じた。しかし、彼は自分が戻らなければ弥兵衛が死ぬと思い、またもし弥兵衛が回復すれば、今自分が全身に浴びている困難を拭うぐらい褒めてもらえると想像した。  そして最後に、阿比留のことを思い出した。彼の側には人間がいてやらなくてはいけない。ここでもし弥兵衛を失ったら、彼らは庇護してくれる大人を失い、住む小屋を失い、友達を失い、食料を失い、――再び人間であることを失うのに違いない。彼は己の握りしめている草の束のなかに、弥兵衛のみならず、彼ら兄弟の命もまた含まれているのだと思い、半ばその重みに縋るように必死に悪路を急いだ。     
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