お前が鳥になれ

2/36
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
 彼らは衣服を、食事を、住む所を与えられた。可為武はその恩恵について「これで阿比留を死なせずに済む」という安堵を通じて理解した。一方、幼い阿比留は突然庇護者が増えたことについて何とも理解していないように見えたが、熟睡するようになった。   弟を死なせずに済む、と思った時から、可為武は新たに人生を始めようと思ったのだろう。  それ以前は漠然と、父母に養われていたこと、戦で二人ながら失ったこと、放浪が始まった頃は戦災孤児の群れで動いていたこと、やがて散り散りになったこと、ただ独り残った弟の阿比留だけは、己の命と引き換えても生き延びさせようと父母の魂に誓ったこと――などを覚えていた。  しかしある時、彼らの家を訪ねて来た役人に向かい、弥兵衛が彼らのことを「息子」と説明しているのを聴いた時、それまでの生活のことを皆忘れてしまった。  他人が弥兵衛の目を憚りつつ、戯れに可為武に対し「お前の父と母は」と尋ねる。可為武は「弥兵衛さま」と答える。父も母も弥兵衛なのである。それがいかにも他人の目には、捨てられまいとする子供のいじらしい努力のように見えて可笑しいらしかった。実際、弥兵衛の周囲の人間の誰もが、彼らを弥兵衛の息子でないことぐらい承知していた。彼は既に老人だったが、それまで女がいたためしがなかった。それも、七つと三つの子を突然産んでくれるような不思議な女を。     
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!