お前が鳥になれ

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 瀬人がごく僅かに、弥兵衛の方へと顎を動かすのを可為武は見た。弥兵衛の額には熱冷ましの白布が掛けられ、鼻から下しか見えなかったが、その岩のような鼻の下で、暗い口が微かに動くのが見えた。  可為武は咄嗟に、己の口を抑えて小屋から飛び出した。まるで、その肉を口にしたのが自分であったかのように、彼は必死で唾液を吐きだした。 (だめだ、だめだ肉なんか、)  彼は逃げながら、阿比留が密かに射た鳥や兎の肉を食っているのを見咎め、彼をひどく痛めつけたことを思い出した。 (いいか阿比留――殺してその肉を食うのなんかだめだ、絶対に)  見上げた阿比留の目には、彼の言うことに対する理解なんか、矢じりの先の光ほども含まれてはいなかった。彼は呆然と、打擲する兄の身振りを不思議なものを見るように見上げていた。 (肉なんか食ったりしたら――)  彼の想像のなかで、阿比留の顔がふと老けた。その貌はまるで大人だった。瀬人よりも年上で、弥兵衛よりは大分若い。しかしその貌には、老いが刻むような辛苦のための皺があちこちに刻まれていた。髪は抜け落ち、頬の肉は削げて目が飛び出ているかのように大きい。錆びた鉄のような赤い色の皮膚をしており、疎らに髭の生えた頬が、可為武に対して何か物を言うように震えた。 (あれは――)     
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