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不思議なことに、今度は可為武は想像のなかで己の姿を見た。それはまだ弥兵衛に拾われる前の、まだ五つの頃の自分と、背に負ったまだ乳離れのしていない阿比留の姿だった。
その赤い頬をした男は、阿比留の老けた姿ではなかった。どうやらその男が、戸口に立っている可為武と阿比留を振り向いて見た時の記憶を、可為武が想像のなかで見たらしかった。
『ちちじゃ、』
とその男に向かって可為武は呼びかけていた。それがどうやら「父親」を指す言葉であるらしいことを、その記憶を眺めつつ可為武は朧げに思い出した。
父親であるらしい赤い頬の男は、可為武を見て僅かに頬を震わせた。しかし声は出なかった。疎らな髭のある頬に、声の代わりに何か懇願の気配が滲んだ。
可為武はふと、促されたように男の前に落ちている白い物を見た。それは肉を半ば毟られていて血を流していた。
(ははじゃ――)
「あにじゃ」
可為武が嘔吐していると、背後から兄を呼ぶ声がした。振り向くと、阿比留が例の半壊した烏を手に持って、まるでそれ自体が彼のこれから言わんとする言葉であるかのように、元型を留めない肉を手のなかで捏ねながら立っていた。
「あにじゃ、これを食べて下さい。瀬人さまの立てて下さった卦で、烏の肉が良いというので、わしが仕留めて弥兵衛さまに差し上げたものです」
「それを、食べさせたのか、」
「はい、」
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