お前が鳥になれ

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 彼は無口な老人と青年からは特に教えられず、恐れて問いもせず、仕方なしに周囲の世界を自らの観察によって色づけていった。彼の観察では、生活らしい生活のない点では弥兵衛も同じだったが、彼は老人になるまでに清潔さが何にも変化しないまま堆積してゆき、ああした綺麗な柿色の皮膚を持つに至ったものに見えた。  しかし、弥兵衛にもこの村における役割があった。そのことに気づいた時、可為武はそれまで見事な獣のように想像していた弥兵衛の像が変わるのを感じて、多少の失望の痛みを感じた。村における老人の役割は、別に生産でも供給でも戦闘でも犠牲でもなく、「祈祷」という静かなものであるらしかった。彼は米や塩や布の代わりに「祈り」を村人全体のために納めており、そのために小屋のある一画を村から切り取っていた。  弥兵衛は別に存在が特別だったわけではなく、課せられた役割が特殊であったに過ぎなかった。可為武は十歳頃になると、養父と村との力関係についても目を走らせるようになったが、そうしたことへの己の感想を他人に漏らしたりしないだけの聡明さと慎重さを併せ持っていた。  十歳の少年をさほどに賢くしたのは、孤児から拾われて庇護されているという、己の立場の不安定さではなかった。彼の弟である阿比留が、一向に獣から人間に進化しないためだった。可為武は人間とは言えない弟を死なせないために、弟の分も併せて二人分の人間の知恵を必要とした。     
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