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そう言って弥兵衛は何やら珍しいほどの敏捷な動作で立ち上がると、荒々しく小屋の戸を開け放った。パン、パンという弾けるような明るい音とともに、外のきらきらした空気がたちまち殺到した。それから弥兵衛は戸を抑えるつっかえ棒を外し、
「お前ら外行け、俺がいいと言うまで戻ってくんな」
と言って外に向けて柿色の顎をしゃくった。外は雨が上がったばかりで、滴が掛かった緑の葉と土のいろが匂うように鮮やかに見えた。
可為武は田に入る時、必ず阿比留をまず近くの木に縄で括り付けた。外で出来た彼の友達は、とても優しくて聡明な彼が、弟にだけはそんな振る舞いをするのをむしろ不思議がった。
「おとうと、かわいそうじゃない」と言われても、
「いいんだ、」と抑揚のない声で可為武は言った。「目を離すとどっかに行って危ないから、それよりはこうしていてやる方がずっといいんだよ」
可為武はそう言って、阿比留の腰縄の結び目をよく点検した。彼の日ごろのなだらかな優しさは、弟を縛る時の手つきにさえ現れていた。そして脱走、失敗、叱責を経て、可為武はそれを結ぶのが上手くなった。それは彼が覚えた田植えと違い、誰かに教えたり受け持たせたり出来ない仕事だった。それは機織りのような作業でありつつ、同時に祈りでもあったから。
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