もうひとつの終章  忘却の彼方には

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まして、彼も助かったとは言え、重傷を負って事故の記憶を失くしてしまった」 「彼、全く覚えていないんですか?飛行機事故のこと」 「ああ、そのようだね。記憶喪失だけでなく、記憶障害もある。 無理もないだろうな。発見された当時、生きているのが不思議だったくらいなんだからね。 それに……彼はあの事故で記憶だけじゃない。自分の手足さえも失ってしまったのだ 彼は、もう一人で寝がえりをうつこともできないんだよ。 顔や上半身だけは損傷を免れて奇跡的に綺麗なままだったがね」 「ある意味、残酷ですね」 「ああ、生命あるということは、最も尊いことかもしれない。 だが、状況が状況だからね。 助かったことが彼にとって本当に幸せだったのか、僕にはわからないな。 ああ、医師としては、問題発言だったかな?」 「問題発言はいかんのう。熊倉君」 新たな闖入者は、この病院でも一番の古株……。 「西原外科部長」 サイバラ外科部長は、細かい皺に埋まってしまいそうなほどに細い目をますます細め、606号室を痛ましげに見据えたまま続ける。 「どんな形であれ、患者の命を救う。それがわしらの使命。違うかな?」 「そうですね……。私たちは、命を救うことが仕事ですもんね」 苗子は、気を取り直すように肩をすくめた。     
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