もうひとつの終章  忘却の彼方には

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手足を失った美しいトルソー。 「どうかされたんですか?羽鳥婦長」 不審げな新米ナースの視線を受けて、あたしは慌てて頭を振った。 そうだ。あたしもこうしちゃいられない……。 「……いいえ。さ、そろそろ仕事に戻るわよ」 「やあ、皆さんお集りでどうされたんですか」 気合いを入れ直すために手を打とうとした刹那、洗面所から戻った青年秘書が、笑顔で声をかけてきた。 あたしは打ち損なった手をそれとなく後ろにやると、照れ隠しに問うた。 「あ、いいえ、ちょっとね……。 ねえ、ひとつ聞きたいんだけど、彼がよく口にする『美麻』って……あなたの妹さん?」 「どうやら、そのようです」 「そのようです?」 あたしは思わず、声を上げていた。彼はそんなあたしの反応に、 「ええ。彼の中では、そうらしいですよ。僕には……妹は、いませんから」 と、寂しげに微笑んだ。 今にもこの白い廊下に溶けて消えてしまいそうなほど、儚げに。 「……そう」 「じゃあ、僕はもう少し社長の傍にいることにしますので。失礼」 606号室へ消える青年の背中を見送ると、あたしは今度こそ気合いを入れ直すために、思いっきり手を打った。 * 「失礼します。社長。花の水を替えてきましたよ」     
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