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「ほら、コレ。ここは俺の席でしょ。隣も連れが来るんだよ」
顔をしかめながら、どうだ、とばかりに、男に切符を突きつける。
眠そうな男が瞬き、片方の眉を上げる。しげしげと切符を見てから、自分のポケットをがさごそと漁り出す。飴を掴み出し、ガムを数枚放り出す。それらと一緒にこぼれ出た名刺が散らばる。洸野が拾い上げたそれは、英語だ。
「AOMI」…青見か?
肩書きを見る間もなく、男にひったくられる。
青見は名刺をポケットに突っ込み、くしゃくしゃになった切符を指で伸ばし、洸野にずいと突き出した。
座席番号は、青見が今座っている席のものである。
洸野は眉を寄せた。
何か手違いがあったのかもしれない。
帰省を言い出したのは洸野だが、切符を購入したのは日世子だ。お互い忙しく、切符は郵送で届いた。新幹線で合流する約束だった。
出張していた洸野のすぐ後に、日世子は乗車する予定だった。もうとうに駅は過ぎたのに、そういえば彼女の姿は見えなかった。
乗り遅れた可能性を考え、洸野は考えこんだ。その目の前に拳が突き出され、思わず洸野は両手で受け止める。数枚の一万円札だ。手の中にそれを確認し、目を見開いた。
「俺にチケットを譲れ。それでいいな」
頭の上から声を投げつけられる。反射的に顔を上げた洸野は、見下すような眼差しとぶつかった。
「嫌だね」
咄嗟に洸野は答えた。青見の目が険しくなる。むすりとした顔で、右手を何度も振ってくる。
「俺の連れが来るんだ。さっさとよこせ」
出された手を、洸野は払った。金をその手に叩きつけるようにして返す。
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