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5
語り部の話はそこで終了した。
私たちは、用意してきた菓子折りを奥沢さんに渡して、礼を言って別れた。
別れ際に奥沢さんが忠告してくれた。
「あんたがた住んでた家は、お祓いしてもらったら、別の場所に引っ越したほうがいいですよ」
「そうだ、ひとつけわからないことが・・・」
「おや、なにかしら」
「僕たちの前に現れたおかよさんは、服装は古臭かったけど、顔立ちは今風でした」
「それは太平洋戦争中のおかよさんかもしれないわね。その話はまた別の機会に。きょうは疲れたわ」
老婆は微笑んだ。
私たちはもういちど頭を下げて、施設を去った。
二ヶ月後。
新居が決まり、今はそこから通勤している。
バスルームの鏡はときおり注意しているが、全く異常はなかった。
お祓いの効果があたのかどうかはわからないが、引越しの準備中は霊は出没しなかったし、鏡もずれた形跡はなかった。
いつものように通勤電車に揺られていると、女子高生たちのたわいもない雑談が耳にとびこんだ。
黒いスクールリュックを背負った少女が連れに話かけている。
「ねえ、バスルームのおかよさんって知ってる?」
「ああ、知ってる。聞いたことあるよ」
スマホの操作をしていた子が顔をあげた。
「髪の毛いりませんかって、風呂場の鏡から出るってやつでしょ。
うちのオヤジ、禿げてるから出てくるかも。きゃはは、でも、キモいよ」
「千葉県の八柱にそいつが出る幽霊屋敷があるらしいよ」
「ほんと、マジでえ?」
「ん、でさ。近くに八柱霊園もあるんだって。それって、ヤバくない?」
彼女たちの会話は盛り上がり、もう少し聞いてみたい気もしたが、下車駅が近づいたので、私はドア付近に寄った。
そのとき、高校生のリュックの蓋があいているのに気がついた。
教科書などを取り出した際に、閉めるのをそのまま忘れてしまったのだろう。注意してあげようと思い、声をかけようとして、そのまま凍りついた。
髪の毛の束をつかんだ手首のようなものが見えたからだ。
そしてそれはすぐに、煙のように見えなくなった。
少女と目があった。
彼女はぼそりとつぶやいた。
「今夜はどこへ行こうかしら・・・」
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