24人が本棚に入れています
本棚に追加
2
そんな夕方の車内の出来事を思い出しながら、私はゆっくりと湯船につかった。
仕事の緊張がとれて、ゆったりできる時間である。外は天気が荒れていて雨風の音がひどいが、温かい湯の中はまるで別天地だった。
ぱしゃん、ぱしゃんと湯をてのひらににのせて、顔にかける。これがめっぽう気持ちがよい。
女子高生たちの怪談も全く忘れてしまった。
まさに至福のひととき。
そのとき、風呂場の天井でどたどたと足音がした。階段を駆け上がっていく音である。続いてコロコロをかける掃除の音がした。
女房が掃除をはじめたのだろう。
夜になって、今頃掃除でもなかろうとは思ったが、気にもとめなかった。
風呂からあがり、居間でテレビを眺めながら、夕飯の支度をしている女房にたずねた。
「さっき、2階へ上がったろう?コロコロローラーかけてたみたいだけど、どっか汚したのか?」
「えー?2階になんか行ってないよ。ここでずっとご飯の支度してたよ」
女房は怪訝な顔をして、調理の手を休めた。
私は風呂場で聞いた階段を昇る足音の話をした。
「外の風と雨じゃないの?今夜は荒れるらしいから。さもなければ、お隣さんとか」
「そうかなあ。うちじゃないのか・・・」
料理が運ばれてきて、それでおしまいだった。
食事をしながら、サッカー中継をみているうちに、そんなことはすっかり忘れてしまった。
十日ほどたった夕方。
いつものように湯船に浸かっていると、今度は、浴室の向こう側でがさがさ、かりかりと壁を引っ掻く音がしたのである。
浴室の隣りはトイレになっている。女房がトイレットペーパーをまいているのかと思った。
おりしも、その日は風がとりわけ強く、首都圏の交通機関にも影響が出ていた。
だから、また風のせいだろうと思った。
それとも、ネズミ、鳥か?
我が家は築30年の中古住宅であるから、家がみしみし鳴っても不思議ではなかった。
そんなことよりも、私には気に病んでいる事があった。
笑うなかれ。
私の頭である。
最近、頭髪が薄くなりだして、みるみるうちに地肌が見えてきた。
お笑い芸人が、髪の毛一本のかつらでお茶の間を笑わせたりしているが、あんな按配になるのも、時間の問題だった。
私は湯船から出て、洗い場の鏡をのぞきこんだ。
髪の毛がぺったりとはりついて、いかにも高齢者の仲間入りの風貌をしている。
最初のコメントを投稿しよう!