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鏡をずらしてみて、私たちは驚いた。
鏡の向こう側は暗い空洞になっていたのだ。
風はそこから吹いていた。
浴室の隣はトイレのはずだったが、そんな空間があるとは思いもしなかった。
暗い洞窟のような空間をのぞくと、少し先に、棺桶が無造作に置かれているのが見えた。
しかも棺のふたは開いており、裏側が見えた。そこに、爪で掻きむしったような跡が、幾筋もついていた。
凍りついたような恐怖が私たちを包んだ。
私は思い出した。かりかり、ごそごその音の正体は、棺桶の閉じ込められた誰かが、逃げ出そうと蓋の裏側を引っ掻いた人間だったのではないかと。
さらに、棺のそばに太くて大きな柱が一本、天井に向かって伸びていた。天井には見たこともない梁がいくつも渡されている。
あまりにも薄気味悪いので、私たちは無言のまま、鏡を元の位置に戻した。
「こんな家には住めないわね。引っ越しましょう!なんで、今まで気がつかなかったのかしら」
「ああ。すぐにでも、引越だ。道理で安い物件だったはずだ」
私たちは浴室のドアを閉めて、急いでリビングに戻った。
そこで、私たちは見てはいけないものを見てしまった。
ソファに、見知らぬ女が座っていたのだ。
髪の長い、古臭い流行遅れの服をまとった、三十前後の女だった。濃い化粧とピンク色のルージュを塗りたくった、なんとも目鼻立ちのはでな容貌をしている。
女が口を開いた。
「旦那さん、髪の毛が欲しいですか」
かろうじて聞きとれる低い、囁くような声だった。
「い、いらないよお!出て行け!」
私は思わず怒鳴った。
女はふらりと立ち上がって、私をじっと見つめ、間をおいてからぼそりと言った。
「そうですか・・・」
女は少しのあいだうなだれていたが、突然、がっと頭をあげた。
眼球がどろりと飛び出して、口蓋がぱっくりあいていた。長い髪が千切れて、ぽたぽたと落ちていく。
たちまち、床の上に髪の毛が散乱した。
女の口中の粘膜肉が、ぶよぶよと震えているのがわかった。
「ひ―っ!それだけはやめてええええ!呪ってやるうう!」
女が絶叫した。
何かに怯えているような、それでいて、憤怒ともとれる叫び声だった。
女はそのまま煙のように消えてしまった。
「何、あれ?あたしたち、悪い夢でも見てた?」
女房があっけにとられた顔つきになっている。
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