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やけに純粋な瞳だった。
「愛してる。」と告白したその瞳は、まっすぐに自分を射抜いた。とても心地よくて、本当に心の底から自分を愛してくれているのだと感じた。
けれど、自分の中のどこか小さな部分は、その視線に怖気づいてしまったらしい。幸福感の、その裏に、小さな怯え。それでも、愛されたくてたまらなかったから、真実の愛情が嬉しくて仕方なかった。
暫くは、幸福の海の中で、俺は漂っていた。
けれど、「愛してる。」と囁かれる度に、あの瞳が俺を貫く。そして、小さな小さな塊が、ぶるぶると怯え始めるのだ。
俺は怖いのが嫌いだ。だから、その怯えから逃げようと思った。
夜毎、バーに行っては、知らない面々と酒を飲む。好きでもない女の髪に手を絡ませ、口紅のたっぷりのった唇にキスをした。請われれば、女の細い腰を穿った。好きでもない男とも、酒臭いキスをし、穿たれたり穿ったりした。そのまま、愛している者のいる家へ帰って、同じようにキスをして、体を繋げることもあった。女の長い爪がつけた背中の傷を晒したままだったり、男の放った体液を内蔵の中にぶちまけたままだったり。そのままで、抱き合った。
それでも、愛しい人は「愛してる。」と純粋な瞳で言った。心底、愛してくれている。どうして、としか思えない。どうして、「愛」だけを向けられるのか。
いっそ、憎んでくれたら楽なのに。
どんなに不義理を働いても、やっぱりその瞳は、俺を甘く痛く貫く。
愛情は、憎しみよりも重かった。
愛情の海から、俺は浮きあがれない。コポコポと肺から気泡が溢れていく。きっとその内、苦しくて仕方なくなる。酸素を欲しがる。けれども、俺は浮きあがれない。体は重すぎる水圧に、勝てない。
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