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「愛してる。」
いつものように、純粋な瞳が言った。
どこにでもいるような声。別段、甘く格好の良い声ではないが、それでも自分には十分そそられる声だ。愛しい人の声、というだけで。
「……どうして?」
情事後の汗で湿った髪を梳く手は、質問に止まることもなく優しく動く。くすっと小さな笑い声が耳をくすぐる。
「愛してるからだよ。」
いつも同じ答え。けれど、それが真実なのだと瞳は語る。嘘偽りはないと分かっている。だが、分からない。
「憎くないの?」
他の人と寝て。しかも、事後だというのに、何食わぬ顔で、恋人とも同じように寝て。
世間一般では、それを浮気と呼び、嫌悪し憎まれる為の術だ。
「憎くないよ。」
指は性器を愛撫するかのように、唇の端をくすぐる。
「……どうして?」
やはり、くすっと笑い声が聞こえた。
「愛してるから。」
純粋な愛情が、俺の空気を奪う。キスもしていないのに、酸欠になりそうだ。苦しくて、苦しくて―――。でも、その苦しみが過ぎれば、とても心地よい浮遊感が待っていることを俺は知っていた。
「お前はさ、とっても弱いよね。自分でもわかってるんだろ?」
慇懃な指先が、唇を抉じ開ける。
「初めて、信じられる愛だと思ったんだろ?」
歯の位置を確かめるように、歯茎の上を滑って行く。指についた唾液が、唇を濡らしていく。
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