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不安という気持ちについて
その日は朝から嫌な予感がしていた。犬にだって、それくらいは感じる。
いや、むしろ犬だからこそ感じるものがある。
やけに彼女の顔色が悪かった。いつもの様に顔に粉を叩きつけ、唇を真っ赤に塗っても顔色が冴える事がなかった。
けれど、いつもの様に玄関先で僕を抱き寄せキスをすると、いつも以上に重そうにドアを開け、僕がどうしたって手の届かない外の世界へと行ってしまった。
結局、その日、彼女は中々帰って来なかった。僕の嫌な予感は益々、強くなる一方だ。
ウトウトするものの眠る事は出来なかった。
やがてーーー
カーテンの隙間から朝を告げる光が射し込み始めた。
僕はこの家に来て初めて一人で夜を過ごした。彼女のいない夜はとても長い長い夜だった。
犬にだって感情はある。不安という気持ちだってある。不安の理由は分からない。ただ、今の状況が良くないんだなってだけは分かる。
ーーーどうしたんだろ。
彼女は僕の事が嫌になってしまったのだろうか。
僕が彼女のいない間に寝室のベッドにこっそり入り昼寝しているのがバレて怒っているのだろうか?
だから、僕を置いてどこかにいってしまったとか?
例えばヤツの家とか?
それならそれでいいと、今は思える。
彼女が元気に笑っているならーーー
ちょうどその時、玄関の方で音がした。
僕が急いで玄関に駆けていくと、そこに立っていたのは彼女ではなく、
ヤツだった。
ヤツは僕を見ると、ペタンとその場に座り込み小さな声で呟いた。
「コタロー、ごめんなぁ…遅くなって。」
いつもと全く違う声のトーンに、僕の不安な気持ちは大きくなるばかり。
「そうだ、まずは水と飯だな。」
ヤツは立ち上がると部屋の中を探し始める。
ーーー飯、いらねーよ。
「コタローの飯って確かこの辺りに…ちゃんと聞いておけば良かったよな……」
ーーーだから、いらねーって。
ーーーそれより彼女どうしたんだよ。何でいねぇんだよ。なんとか言えよっ。
僕はヤツの足元に行きじっとヤツの顔を見上げた。
すると、僕の思いが届いたのか、ヤツは手を止め僕を抱き上げると目線を合わせた。
そしてゆっくり話し始めた。
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