24人が本棚に入れています
本棚に追加
私は作り置きしておいた気品漂う料理を皿やお椀に盛りつけ、見映えよくテーブルに並べた。一真は息を零すように私の料理を褒めてくれた。私と一真の間で交わされる視線は、ノスタルジックな優しさが滲み出ていた。
一真が好きな銘柄の白ワインをグラスに注いでいく。炭酸が爽やかな音を立てて雰囲気を作ってくれる。染められたグラスは透き通り、艶やかに料理を映す。
私は一真の真向かいに座り、グラスを持った。そして微笑み、「乾杯」と言った。呼応する一真の声が同じ言葉を繰り返し、美しい音が最後の時間を飾り立てた。
魚のソテーをフォークで押さえる。濃厚な蜜がじわりと皿の上で囁いた。清く光を纏うナイフが身の中に入り、味を引き締めるトマトソースを薄く付け足し、赤い唇に運んだ。
一真とのキスで刺激された口は、舌の感覚も敏感にさせていた。
全ての味がいつもとは違う。濃厚で、強く旨みを感じさせた。とろけてしまいそうなほど体に染み込んでいく。
満たされていく幸福感の中で、私は一真を見た。
私と共に過ごすことは彼にとって恐怖だったに違いない。でも、時と共に慣れてきた一真は、純粋に食事を楽しんでいるようだった。一真は私の視線に気づき、「美味しいよ」と優しく微笑んだ。そこに一辺の偽りもなかった。泣きたくなるくらい、嬉しかった。
私は優しい時間に身を委ね、心ゆくまで最後の2人の時間を楽しもうと思った。視界、音、味、匂い、触れた唇の感覚。この日を最期まで忘れない。忘れたくない。
煌めく私達の思い出。この日を最後にして、私達はそれぞれの新たな人生を歩み出す。また恋をした時、この思い出が私達を幸せへと導く。そうでしょ、一真。
最初のコメントを投稿しよう!