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「誉さんが、研究が凄く好きなのも充分わかっているし、俺も頑張って欲しいと願ってます。それは変わりません。でも、誉さんは本当に魅力的だし、知性もあるし……いくら番関係を結んでいても、あの男……久我さんの存在が心配になって、つい感情に身を任せてしまいました」
「貴方ばかりの……所為じゃないです」
昨夜電話で、お互い謝罪を交わしたものの、彼は自分が悪いと自らを責めているのだ。それを聞いているのが心苦しくなり、私はやっと声を発した。
「――誉さん?」
「私も、軽率な行動だったと、反省してます……それに――」
シーツから顔を出し藪中を見遣ると、彼はバスローブを身に纏っており、その明るい髪は濡れていた。どうやら入浴後だったらしい。濡れた髪が日光に照らされ輝く様子は、とても美しかった。
「それに……?」
藪中が私の頬に手を添え、優しい声色で続きを促す。
「私も貴方と結婚する事に、どこか気を張っていたというか……気持ちが不安定だったのは確かなんです」
正直な気持ちを伝えると、藪中の瞳が少し戸惑ったかのように揺れる。
「あぁ、違うんです。結婚したくないとか、そんなんじゃなくて……ただ、藪中さんと釣り合う人になりたかったんです。だからこそ、仕事でも絶対に良い結果を出したいって強く思うようになって。それに、藪中さんの立場を考えると、いつまでも仕事一本では駄目だとか、世界を牽引する巨大グループの後継者でもあるし、ゆくゆくは、ちゃんと支えなくてはいけないとか、色々先を考え過ぎまして、つい……」
少し掠れた声と喉に違和感を拭えないまま、早口で想いを吐露した。すると頬を撫でていた手が止まった。
「はぁ……誉さん、そんな事を思っていたんですか」
溜息を吐きながら藪中は微笑んでいた。
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