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「あぁ、やっぱり覚えてないか。高城さん、実は俺と貴方は同じ大学だったんですよ。しかも同じ学年」
「えっ?」
「とは言っても学部も違うし、たまにすれ違う程度でしたけど。でも、高城さんは優秀で結構有名だったし……それに、大学は主席卒業でしたよね。よく覚えてます」
久我が話す中、私は必死に記憶を探った。
(……駄目だ。全くもって思い出せない)
この久我修という男の記憶は頭の片隅にも残っていなかったのだ。
それに、自分が有名だったとは初耳だった。当時、未発情だったとはいえ、オメガである事を隠しては、極力目立たないように学生生活を送っていた。なるべく他人と関わらないようにしてきた事は鮮明に覚えている。
「高城くーん、薄情だねぇ」
宮本センター長が憂う口調で呟く事で、こちらの罪悪感を駆り立てて来る。絶対ワザとだと、私はあえて無視をした。
「えーちょっと無視ぃ? 久我さんは覚えてるのにねぇ」
「あはは。いいんです、俺も意外に影が薄かったですから」
「そんな事はないでしょう? アルファな上に、世界的に有名な音楽指揮者、久我敦さんの御子息じゃありませんか」
「――え?」
宮本センター長がアルファと言った事で、過敏に反応してしまった。
「いえいえ、悲しい事に音楽の才能を俺は引き継げなかったようで、父だけが世界を飛び回っていますよ」
「お父様は今は何処に? 随分と前に久我氏が指揮する交響楽団のコンサートに行かせてもらったけど、あれは圧巻だったなぁ。全魂を込めた、命を揺さ振る指揮に観客全員が魅了されていたよ」
「ありがとうございます。父は現在ヨーロッパを中心に回ってます。もしよければ来年の日本公演チケット、お渡ししますよ」
「ええっ、いいのかい? 何だか悪いなぁ!」
悪いと言いながらも、貰う気満々の宮本センター長に呆れた視線を送りつつ、今耳にした久我敦という名前で、やっと顔が浮かんだ。
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