Marriage Blue(前編)

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「――高城さん?」 「え…? あぁ、すみません。ちょっと考え事をしていました」  呼び掛けられハッとする。考え耽っている間、もしかしてずっと無視していたのかもしれないと、久我に向かい頭を小さく下げた。ところが彼は、小さく含み笑いをしながら揶揄(からか)いにかかってきたのだ。 「愛しの婚約者の事を考えてた?」 「久我副所長……だから、そういう言い方はやめてください」 鋭い視線を一度彼に送った後、私はダイキリを再び飲んだ。アルコールは強く無い方だが、作り方が上手なのだろう。口当たりがよく美味しいと感じた。 「あ、副所長はいらないから。それより美味しいでしょ? ここのマスターの腕も確かだし、バーテンダーの世界大会で入賞する程でさ。ねっ、マスター?」  久我はカウンター越しにいる四十代半ば頃の男性マスターに呼び掛けた。すると、マスターは恐縮ですと言いながらも、嬉しそうに微笑んでいた。 「それは凄いですね」  私もマスターに視線を送り小さく一礼した後、ダイキリを喉に流し込む。 「高城さん、結構飲める口だったりする?」 「いえ、そんなに強くはないのですが、あまりに美味しくて……」  夏の暑さで疲弊しきった体に、サッパリとしたアルコールの味が染み渡るようだった。ここなら藪中も気に入るかもしれないと、彼の笑顔が脳裏に浮かび、思わず口角が緩んでしまう。  明日の夜に帰国予定だが、無性に藪中に会いたくなった。どうか無事故で帰ってきて欲しいと、早く会いたいと心願ったところで、小さな笑い声が隣席からした。 「さっきから高城さんの表情がクルクル変わって面白い。そんなに早く婚約者に会いたい?」 「……だから、なんでそうなるんですか」  心を見透かしたような台詞を向けられ、焦りを必死に隠した。他人から見てそんな風に映っているのだと思うだけで、自分が酷く滑稽だと感じてならない。
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