Marriage Blue(前編)

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 大々的な結婚式も執り行わなくてよいとの事だが、その代わり、親族を交えた簡単なお披露目会と挨拶回りは二人揃ってするようにとは忠言された。お披露目会は十月を予定している。  世界的にも有名なグループ御曹司の結婚となれば、世間でにも大きく取り上げられるべきかもしれない。けれど藪中は私の性格の全てを知ってか、しこりが残らないよう御両親に話してくれたらしい。    とことん自分は甘やかされていると実感する日々だった――。 ***** 「……誉さん、研究の方は順調ですか?」  今日は週末の金曜日、仕事を終えマンションに帰宅したのは夜の十時過ぎだった。  二人で遅めの夕食を摂った後、今は三十畳ほどある広いリビングに設置された黒の革張りのソファに並び座り、芳醇な年代物の赤ワインを飲みながら寛いでいた時だった。  世界化学機構が刊行する化学誌を読む私に、藪中が尋ねてきたのだ。 「えぇ、まぁまぁ順調ですよ。今は男性不妊に焦点をあてて、色んな精子を調べてますけどね……」  誌面に視線を落したまま答えると、再び意識を英文に集中させた。頭の中で和訳しながら読み進めるのはなかなか神経を使う。別に今すぐ読む必要は無いが、必要な情報だけはピックアップしておきたかった。  気が付けばもう深夜零時前だ。食後にシャワーを浴びて、直ぐに寝る支度に入ればよかったものの、このまったりと流れる時間に、つい身を委ねてしまっていた。  私と藪中はスラックスにワイシャツを未だ着用し、寝る準備すらも出来ていない。週末の疲れきった身体が、動くのを億劫にさせる上、何よりも彼とこうやって寄りそう時間が好きなのだ。 「へぇ。ねぇ、誉さん?」 「……はい、何です?」  藪中の呼び掛けに応えはしたものの、相変わらず誌面から目を逸らさずにページを捲った。 「今日のお昼、何を食べました?」 「え? お昼、そうですねぇ……」  何故そんな事を聞くのだろうと思いながら、結局答えないまま私は読む事に集中してしまう。 「ねぇ、誉さん、俺の方見てよ!」 「あっ……!」  そんな私の態度が気に食わなかったのか、藪中が雑誌を取り上げサイドテーブルの上に投げ置いたのだ。
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