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それが明確な答えなのだ。実生活も仕事も全力でやり切るしかないと。けれども、どこか張り詰めていた糸が、キリキリと音を奏でているのもまた事実だ。
一年前の自分は発情すらしておらず、結婚の「け」の文字すら出ていなかったのだ。自分を取り巻く環境の変化に戸惑うのは人間なら当たり前の心理だろうが、最近何かと直ぐに、行き場の無い迷いや焦りが際立っている。
(こんな自分……知らない)
「――高城さん?」
考え耽る私を呼ぶ久我の声に反応し顔を上げた瞬間――……
「――っ…!」
突如激しい眩暈に襲われ、どちらが上か下なのかわからなくなったのだ。そして隣に座る久我に崩れるように寄り添った。
「っ――!高城さん、だ、大丈夫ですか!」
直ぐに私の体を受け止めた久我の声が頭上から届く。
「っ……すみ、ません……なんだか急に、激しい眩暈が……」
久我が私の不安定な体勢を整えようと、肩を抱き込むように腕を回した時だ。小さな物音が耳に届いたのだ。同時に鼻先を擽る香りが漂い、嗅覚がそれを敏感に察知する。
「――誉さん、一体何をしているんですか?」
「――――っ!」
この匂いはと、確認する前に、直ぐ背後から聞き覚えのある声に心音が躍るように鳴った。そして眩暈の余韻の中、久我に抱きとめられたまま、ゆっくりと振り返る。
「藪…中さん……?」
そこには、ダークブルーのスーツを着こなした運命の男・藪中路成が、私と久我をジッと見下ろし立っていたのだ――。
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