Marriage Blue(中編)

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『――誉さん、一体何をしているんですか?』  届いた声に身体中の細胞が震えるのが分かった。  藪中の突然の登場に、少し動揺しつつも彼に会えた嬉しさの方が勝っていた。 「や、藪中さん、貴方何故? 帰国は明日の予定じゃ……?」  藪中は私の問いかけには応じず、ただジッと何一つ表情を変えずにこちらを見ていた。普段の柔軟な顔はそこには無く、よく見ると彼の額には汗が滲んでいた。走って来たのだろうかと、再び藪中に話し掛けようとしたが、まだ少し脳が揺れている感じがした。    激しい目眩の症状は先程の一度だけで落ち着いたが、どこか頭がすっきりしない。もしかして抑制剤の副作用だろうかと、体勢を整えようとするが思うようにいかず、結局久我に身を任せる形となった。 「大丈夫? 高城さん」  久我が心配そうに私の顔を覗き込むと、彼の吐息が前髪に触れた。その感触に肌が粟立った。気持ち悪いとまでは言わないが、変な感じが否めない。今抱き込まれているこの状態にも、嫌悪感に似た違和感が徐々に襲いはじめた。やはりこの体は、藪中以外のアルファは触れる事すら受け付けないらしい。 「大丈夫です……ありがとうござい――わっ……!」  やっと脳がクリアになり通常の感覚が戻ってきたところで、身を起こそうと久我から体を離した時だ。急に腕を強く後方に引かれたのだ。椅子から転げ落ちそうになり視界が反転すると、大きな腕に体が包みこまれ藪中に抱き締められていた。直ぐに心地好い香りが鼻翼を掠める。その匂いが脳にまで浸透すると、安心感で満たされた。 (あぁ、この匂いだ……)  一週間振りに会った藪中に全細胞が更に騒ぎ出し、嬉しさで震えるのがわかった。  しかし、藪中の発した言葉で我に返る事となる。
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