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「ちょっと藪中さん、まだ読んでる最中ですよ!」
「あっ! やっとこっち向いた」
何て事をするのだと抗議の目を向けると、藪中は満足気に柔らかく微笑んだ。
「……っ」
相変わらず整った顔立ちに惚れ惚れする。
優しい色を含んだ、少し茶色がかった瞳は意思が強そうだ。そんな彼は私の運命の番であり、人類の頂点に立つアルファなのだ。
藪中の笑顔に瞳を奪われたまま凝視していると、彼は不意に私の肩を抱き寄せて頬に口付けてきた。
「ちょ、ちょっと? 藪中さん?」
突然の行動に戸惑っていると、藪中は少し口を尖らせつつ私の顔を覗き込みながら言った。
「だって折角二人でゆっくり出来るんだから……もう少しほら、それにやっと一緒に住めるようになったんだし……」
もごもごと言葉を紡ぐ藪中は、どうやら拗ねているようだと解釈した。
「貴方ね、これから毎日一緒なんですから、いちいちこんな事で機嫌を損ねないで下さいよ」
やれやれと言った風に軽く溜息を吐いたが、嫌な気は起こらなかった。寧ろ可愛いとさえ思ってしまう。やはり年相応なのかとフッと笑みを零すと、藪中が私の身体をその逞しい胸に抱き寄せてきた。
「別に損ねてないです。ちょっと相手して欲しいなぁって思っただけですから」
「それを損ねてるって言うんですよ」
ふふっと思わず口から小さく笑い声が漏れた。
藪中の心音が耳に届く。規則的にリズムを奏でる力強い音と、体の温もりに心地好さを覚えながら、彼の大きな背に腕を回して私は瞳を閉じた。
以前の嫌悪感は一体何処に行ったのやらで、こうやって藪中と抱き締め合うのが好きだ。愛されていると実感出来るし、何より安心出来る。
そして二人にしか感じ得ない溶け合ったフェロモンも、またその要素となる。
これは、番でしかわからない特別な甘い香りなのだ――。
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