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柔らかく重なり合った唇は、上唇を優しく食まれた後、優しい動きで熱い舌を差し出される。私はそれを自然と受け入れる為に、小さく口を開いた。
「――っ、んぅ……」
アルコールの混じった唾液をゆっくり交換しながら、舌先をじゃれ合うように縺れさせる。何度も何度も首の角度を変えながら重ねると、藪中が私の腰をグッと引き寄せ身体を更に密着させた。それにより根元から擦れ合う舌が深みを増し、濃厚な口付けへと変貌した。
「んっ、ぅ……んんっ」
藪中の口付けはなかなか情熱的だと思う。とは言っても、私は彼以外の人と性的な行為をしたこともないので基準はわからないが、この細胞の全てを震わす口付けはきっと彼とでしか交わす事は出来ないと確信出来る。
「っ、はぁ……ねぇ、誉さん」
「んっ……な、なんです?」
唇が離されたのと同時に、藪中が熱い吐息と絡み合った唾液が糸を引く中で問うてきた。
「前から思ってたんですけど……いつまで俺の事、苗字で呼ぶつもりですか?」
「はっ?」
「いや、だから……来月には入籍するのに、苗字ってのはちょっと」
藪中の疑問はごもっともかもしれないが、私は素直に頷けないまま自分の考えを口にする。
「だって、藪中さんの方がしっくりきますし……それに所内では私は高城姓を名乗るので……どうしても」
「えぇっ、それ関係あります!? せめて二人きりの時は名前で呼んで欲しいです」
彼は頬を膨らませては不満そうな表情を見せ、要望するが、如何せん自分の性格上難しい事柄だと眉を顰めた。
「うーん……」
「……え?そんなに難しい事ですか?」
「難しいというか、何というか……」
私は彼から身を離し腕組みをして考える。
(確かに変だろうけど。いや、でも何て呼べばいいのかわからない)
出会ってから「藪中さん」と呼んできたのだ。名前は「路成」だが、名前呼びだなんて恥ずかし過ぎる。けれど彼の言わんとする事はわかるだけに重大な事だ。
世間で夫婦関係にある人達は、パートナーを決して苗字では呼ぶ風潮では無いとわかっているだけにだ。
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