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1階の部屋の飾りを終え、2階にあがって廊下の花を整えていると、背後に人の気配がした。
振り返るとクランで、読んでいるらしい本に視線を落として通りすぎる。
向き直り、軽く頭を下げていると、目の前にひらりと白い紙が舞った。
空中で受け止めると、クランが振り返ったのが分かった。
顔をあげて、落ちたしおりを差し出す。
「ありがとう、ユリアラ」
ユリアラは名を覚えられていたことに少し驚く。
「いえ」
呟いて、軽く会釈をすると、クランは立ち去りかけて、ユリアラに向き直った。
「カザフィスに行きたかったらどうする?」
ユリアラは目を瞬いた。
カザフィス王国とは、峻険な西連峰の向こうにある国で、アルシュファイド王国からだと海から入るしかない。
だがその前にすることは。
「お金を貯めます」
そう言うと、クランは束の間息を止めて、それから言った。
「ああ…なるほど」
本を閉じると、今度は別の質問をした。
「カザフィスの品物がほしかったらどうする?」
「まあ、行けるなら行ってきます」
そうだよな、とクランは頷いた。
「ユリアラ、ちょっとカザフィスに行ってくるから、支度を手伝ってくれ」
「分かりました、花を飾ったらすぐ参ります」
「ああ、頼む」
少しして、花を飾り終えたユリアラは、クランの旅支度を手伝った。
そのあとは、少し遅れたが、いつも通り洗い物に火熨斗を当てて皺を伸ばし、きれいに畳んで明日の準備をする。
昼食はいつもは誰もいないが、今日は夫妻もクランもいるということで、給仕に立った。
食卓で話されることは、聞き流しているので内容は頭に入らない。
ただ固有名詞ははっきりした記憶として蓄積していくので、ここ最近の父と息子の会話に、ハドゥガンタ王国とカザフィス王国の名が多く出るのは覚えていた。
ハドゥガンタ王国は、西連峰と同様に峻険な、東連峰の向こう、サーシャ王国の東隣にある国だ。
ユリアラは小箱などの小物類を見るのが好きで、ハドゥガンタ王国の品物の精緻さには感心していた。
だから、クランがハドゥガンタ王国の名を口にする度に、印象の悪い話し方をするのが不可解だった。
話の内容をきちんと聞いていれば少しは理解できたのかもしれないが、それは小間使いとして、してはいけないことだった。
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